また、目が覚めたらいつもの生活の場としての部屋が目に映っていた。結局の所、戻ってくる時は同じ部屋なのである。
台所では普段通り助手が食事を作っている様だった。昔はそんな光景と言うものは考えられなかったが、今では見慣れたものだ。
今回の質問者の問い掛けは理解し難いものが更に多く、前回よりも長く感じられた。それは最後まで理解する事は出来なかったのだろう。
あれくらいの年齢の若者にはあの考えの人間が多いのだろうか?そうであればこの先も、余計な悩みを多く持つ事になるのかもしれないとも考えられた。
しかし、彼女の言っていた"無益かもしれなくとも、考える事は辞めてはいけないのかもしれない"と思うのは男も同じなのだろう。人間、考える事を放棄したらそこで終了……時を止め、成長を止めてしまうのではないだろうか?そうなっていった人間の進む道は、感情どころか好奇心や興味と言ったものすらも感じられる事の無いもの……心を失った様な存在にもなり得る可能性は無きにしも非ずだ。

「……考える事を辞めなかったからこそ人間はこうして進化し、今でも生存しているのではないかと思いますよ」
それは人間だけでは無く、現在生き続けている種族全てに言えることだろう。
それにしてもあの時感じた頭痛は一体何であったのか……また、同じものを経験するのだろうか?
何故かは分からないが直感は囁く。
いつかそういったものが来る、と警戒しながらこの先またあの場所での問い掛けに挑むのだろう。
しかし、いざそういった問い掛けが来た所で、己の無力さに打ちひしがれるだけなのかもしれない……男はいつもの様に食事が出来るのを待ちながら、内心そう予想しているのだろう。