要するに質問者の言う満足とは自らの心を安心させられるもの、というのだろうか……?最後まで結局、質問者の思考や価値観は最後まで理解する事はできないと感じたのだろう。
男はいつもの如く一呼吸置き、回答に入る様だ。

「……ささやかな日常も勿論の事、その中でもいつもよりも"良い"と感じられた時……例えば臨時の収入や思わぬ縁……もしくは違えた筈の縁の再構築等でしょうか?
後は罪を犯した者達が罪滅ぼしの為に善行を積む……それらが当てはまるのではないでしょうか?」
相も変わらず綺麗事を並べる事だけはどの質問者に対しても変わらない様だ。しかし最後の例えは違和感があるように見える。罪滅ぼしが満足?疑問に持つ人間もいるのではないか?しかし次の発言でその意味が明らかとなるだろう。

「……あぁ、すみません。最後の一つは"自己満足"でしたね。これにはあなたの言う"満足"には該当なさらないのでしょう。とはいえ、もしかすると……いえ、これは言う必要は無いのでしょう」
自分が納得すれば良い、自分に出来る善行を進んで行う……それ即ち自己満足だと言うのだろうか?
ただ一つ言えることは結局の所、罪滅ぼしでの善行で罪が払拭されると言う訳ではない、という事だろう。

「人間である限り、この世に生を受けている限りは完全な"それ"は永遠に訪れる事は無いと思っております」
喉元過ぎれば何とやら……と言う事だろう。人間は"満足"を経験するとその都度喜び等の感情を見せる。しかし時間が経てばまるでそんな事は無かったかのようにその時の事を"過去"として見てしまう事が大半、と言ったところだろう。思い出等として記憶は残せるが、感情を完全に再現出来る程覚えていられる、とは言い難い。

「最大の"満足"が来たと人生で錯覚してしまう時は幾度となく訪れますが、そんなものは一時的なもの。その瞬間を過ぎれば、また新たに"満足"を探さなくてはならない……それの繰り返しです」
一時的な"満足"は経験できたとしても、それは永久では無いというのは人間全ての行動で分かるのではないか?人間は何であってもそれから更に上を目指し、求める事が多い。それは自身であれ他者であれだろう。

「人間はそれに辿り着く時が来るのかと問われれば……無いことは無いと。恐らくそれは……それこそが」
そのまま男は言葉を続けた。表情こそ変わらずとも、その声色は温度というものが無いようにも感じられた。

「"涅槃"」
辿り着いた人間はいたのだろうか?少なくとも辿り着いた人間、と言うのを見ることは不可能に近しいものだと思われるが。