Chapter03-02

記録者: Visitor (ENo. 31)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-17 04:00:00

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返事が返ってくれば、おー、なんて緩い声。
女は椅子の背もたれにだらりと寄りかかり、片手で髪を弄る。
視線だけはあなたに向いているが、どこか遠くを見つめるようでもあった。

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「ねぇクロ。その話で思ったんだけどさ……
 ……変わる事って、どうしてこんなに難しいんだろうね」

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「小さい頃はさ、色々なものに手を出せて、影響を貰えて、変わっていけて、
 でも今は……うーん、なんか、平行線というか……」

手の動きが、無意識に髪を絡める。
その髪の長さが、絡めた長さほど短かった頃を思い返すように。
“過去の自分”と今の自分を結ぶ糸を手繰っているかのように。

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「努力して変わろうと思っても、どうにも体が動かないっていうか。
 変われるかもって期待して、結局同じとこにいるっていうか……。

 踏み出したと思っても、そんな事は無くて、
 思い知らされる……というか、さ」

言葉に迷うような沈黙が一つ。
下に移動していた視線をあなたに持ち上げ直して、首を傾いだ。

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「クロはどう?
 変わろうって思うのに、……よくないと分かってるのに、
 どうしても変われないことってある?」


──あなたには“変われないもの”はありますか?

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「ウチさ、“変わる気がない”わけじゃないんだよね。
 むしろ、変わりたいとは思うんだよ。
 だって、このままじゃ嫌だし。退屈だし。……置いていかれそうだし」

口では軽く言いながらも、指先は神経質にリボンをつまむ。

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「でもさ、変わるって……“今の自分を捨てる”みたいな感じしない?
 少なくとも現状って友達もいて、安全で、飢えはしなくて、凍えもしないし、傷付きもしない……。
 変わって無くなるのって……ちょっとだけ怖いんだよね。
 無くならない保証なんてされてないし、さ」

彼女は笑う。
けれどそれは苦笑とも、呆けともつかない曖昧な笑みだ。

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「“変わりたい理由”と、“変わらないままでいたい理由”、
 つり合いがとれちゃってる、のかな。だから動けないのかも。
 ウチ、そこらへんでいつも足止め食らってんの、マジだる」


言いながら、女は足を組み替える。
動きたいのに動かない身体を、座り直して誤魔化しているように。

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「クロはどう?
 変われないものってある?
 それって、なんでだと思う?」

Answer
正直質問者の雰囲気に未だに慣れない。最近の若者と言うのはこういった輩が大半なのは覚悟をしていたが、それにしても空気について行くこと自体で精一杯だろう。
とにかく、今は与えられた問い掛けに回答すると言う任務を遂行するだけなのかもしれない。
変われないもの……それは……
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「______ッ!!」

何かを考えようとした男の頭に激痛が走り、頭を抱える。
それは一瞬の痛みであったが、確実に男の今まであった姿が崩れた瞬間にも見えたのだろう。
男は息を切らしていたが、どうにか自身を落ち着かせようと呼吸を整えさせる。
ある程度落ち着いた所で口を開く。その口調は微かに弱々しさを感じるものにも聞こえただろう。
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「……すみません。いくら此方の姿がはっきりと見えていなかろうとこんな姿、見せるべきではありませんでしたね。
改めて此方は"一般的な人間"の意見として、回答いたします」

なるべく毅然とした態度を保ちたかった様だが、先程の頭痛がかなり響いており、消耗している様にも見える。
そして一呼吸置き、回答を始める様だ。
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「性格や癖だと言うのであれば生まれついてのもの、育ってきた環境と言うものが大いに関係しております。それは誰であろうと完全に一致するものではありません。恐らくそれは『幻滅されたくない』『他者の普通でありたい』と感じ彼等に合わせようとする……しかし、それは極めて困難であり我々が人間である限りは、正解の存在しない"それ"を完全に模倣する事は不可能。無理にでも変わろうとして、自らの人格を破壊してしまう人間だって確かに存在してきました」

変わろうとするという行動自体は悪い事では無い。しかし、人格や本来在るべき姿や個性を壊してまでも変わる必要はあるのだろうか?それは人間性を喪わせる様なものでは無いのか?それはいくら他者の意見が無かろうと、自身で決めたものだとしても、だろう。
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「人間そう簡単に変わる事が出来ないのは、一種の生存戦略だと考えられるのではないかと思います。貴方が変わりたくても変われない、と言うのも似通ったものなのかもしれません」

本来人間はあまり短い期間で変わろうとする方が無理な話なのかもしれない。
勿論全てが出来ない、と言っているわけではない。しかし短期間で上手く変えられたとしても、それを維持できるかは別問題だろう。
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「ですがきっと己が思っているよりも、人間は変わっているのかもしれませんよ。それは長期的として見ないと分からないのかと思われますが」

人間は少しずつの変化、と言うものには鈍感なのかもしれない。急激な変化でない限り、その変化に気付く事は難しい。
しかし、確かに僅かながらに人間と言う生き物は、どこかしらで変化を見せているのかもしれない。そうでなければ人間はここまで進化を遂げる事は出来なかっただろう。

……今は彼に真実と言うものを想起させてはならないのだろう。目の前にいる男が、"人間"である事を望むのであれば。