譲れないもの…そもそも自身はそう言った手のものを誰かに譲ろうと思う程、人間と深く関係を持っただろうか?男にとって、それさえも不明瞭だ。
挙げられた言葉の方も単語だけで判断出来るものではないだろう。どう動くかによって違う方向に行ってしまうのではないか?

「……」
知識、というのであれば学ぶ事も苦ではないし、必要だから取り入れる。最も、指導者が傲慢なのであればどれだけ知識が正しかろうと聞く耳持たず、だが。それに別段、譲れないと言うものではない。
そもそも知識どうすることだと言うのだろう。ひけらかす事か?取り入れる事か?全くもって方向性が変わる。
それ以外の言葉と言うものは論外。それら全てを誰がどう言った基準で決めたというのか?全てそれぞれの主観なのでは?男の疑問は尽きない。

「貴方は"そのように設計された"と言うならば……いえ、こんなことを言うのは無粋かもしれませんね」
危うく第一声が疑問になる所だったのを抑えた。
しかし、あまりにも疑問の尽きない問だ。それも一つだけではない。本当に耐えられなくなったら口を滑らせてしまいそうだ。
気持ちを切り替え、再度回答を探す為に熟考する。
男はそれを見つけたのか一呼吸置き、回答を示す。

「……理想、です」
あまりにも突拍子のない回答だ。正直この男がそんな事を口にしている……それだけで気味が悪く感じられる。しかし、良い歳をした人間に理想が未だにある方がおかしい、というのも偏見だろうか。
男は和らいだ表情のまま再度一呼吸置き、語る。

「まぁ、理想といってもそれだけでは不明瞭なものでありましょう。どういったものであるかも人それぞれ……ですので私の理想というものもお答え致しましょうか……」
今回はやけに話す前に一呼吸置いていている。答えの続きを前にまた、それが入る。

「先程お答え致しましたように、人々の助け合う素晴らしい世界。ですがそれでもまだ不完全……秩序を乱す者が数多に存在し、それは大なり小なり混乱を生み出している。現在はそれが事実でございます。先程表向きと言ったのはそういう事です。
ですがいつかそれさえも淘汰され、誰も怯える事も無く平穏に、幸せに暮らせる世界……人々から理想郷と呼ばれる世界として存在する時がいつか来るようになる……私はそう願っているのです。もちろん、その為なら私も手を貸しましょう……とはいえ、私には医療技術でしかお力にはなれないかもしれませんが。
……いえ、それ以外でもやれる事はやってみるのも良いのかもしれませんね」
一通り話し終えた後、男の表情は一瞬で変わり、冷たい目を向けていた。それは先程男の居る世界を話し終えた後と何一つ違わないものに見える。
そこから先は沈黙。男の表情は相も変わらず冷たい目を向け、何一つ言葉を発さないまま質問者の方を見つめている。
そのまま、重苦しく感じられる空気のまま次の問い掛けに続くまでの時間が流れていったようだった。