カーディナル、材料切れ | 記録詳細

カーディナル、材料切れ

記録者: 酒場の娘 (ENo. 2)
公開日: 2025-10-26

“ああ、だからといって。いつだって世界はすぐに歪むから。
たった一つの出会いからまた外れていく。
規則正しい一本道。
縮れてうねって複数となる。

正しいことをしなかった。
そう思う少女もいて。

しかしそれが、実は正史だったりするのです。”


前回のあらすじですし、今回のおおよそだったりするのです。
世界はいつだって歪むのです。
それまで開いていた無法の異次元ホールが急に閉じてしまったり。
一晩にして栄える場所は落ち着いてしまったり。
森は豊かな緑で満ちてしまったり。



──ただの小娘の一言で世界は様変わりしてしまったり。






はい、はい、今日も良好にお客様はいらっしゃいません。

いつもよりも伽藍として見えました。なぜでしょう。
魔術師のお二人がいなくなってからというもの、この酒場はめっきり静かに感じるようになっていました。
その2人が滞在している間も、人が訪れることなどめっぽうなかったというのに。
ただ、2人が欠けていました。


いつもお話をしていました。
旅巡りの場所の話も聞いていましたし。
魔術を学ぶ、ということもしていました。
アーゼ、ヤー、カルトチリー。
なんていえば、物を冷やすことができるなんて、なんで画期的。
だって水を冷やせるってことでしょう。
…まだ1人ではうまく行った試しがありませんが。
いろんなことを聞いて、いろんな教えを受けました。
キオルズカさんは、私の先生だったのでしょう。
先生。
学校に通ったことがなくて、町の学校に通えるほどのお金がそもそも無く。
ですから、先生がよくわかっていないのも事実ですが。
確かに、先生だったのだと思います。
別に、何も学べなくても良かったのです。
それに対して、妬みなどは一切なく。
ああ、縁がなくて仕方がないで終わっていたのですが。
こう言った日が来るのだから不思議です。
人と関わるのは、きっと変化の日々なのでしょう。
…あまり関わることもありませんが。

キォーズさんも、滞在期間が伸びるにつれて、時折、ぽつ、ぽつ、とお話ししてくれました。
低く、静かな、落ち着いた男の人の声。
…から、発せられるのは、子供の幼さが残るような話し方でした。
キオルズカさんに聞けば、しばらくの間、発話ができず。
ここ数年で、お話の仕方を覚えたのだと聞きます。
びっくらしました。私でさえ、お話の仕方は知っています。
…昔の酒場は、話してくれる人が多くいたのもありますがね。
私が学ぶにあたって、キォーズさんも、キオルズカさんに質問をしていたのです。
理由として。

「……」
「ん。そう」

「おれは、キオルズカから、学んでいるから」
「魔術を」

回答でした。
なるほど、と頷いて。
しかし、首を傾げました。

「……」
「魔術以外の事柄もではないのですか?」

疑問です。魔術を、とわざわざいうのですから。
お二人は長く一緒にいる物だと、私は思っていましたが、違うのでしょうかと。
発話ができないと聞きました。ですから、言葉の話し方も。
キオルズカさんから、それら全て学んだ物だと思いましたが。

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「……」

曖昧に。微笑んで見せてから。
首を横に振っていました。
ただ、その動作だけを。
その後、言葉を詰まらせて、口元を動かして、止めて。
言葉に迷うようでしたから、それ以上は聞きませんでした。
別の人から学んで、なんらかの理由で言えずにいる。
察しのいい私です。
わかりやすいキォーズさんでした。





「──」

そんな回想を、ぼうっとしていました。
たった数日前の話です。
改装するにはちょっと早すぎますね。

思い出としてしまいこみ。
きっともう二度とない経験なんだと楽しく笑いましょう。
私だけのささやかな楽しさ。
それを、頭の中の小さな棚に、一つ一つしまい込んでいくのです。
時折開けて、思い返して。
一定の日常で。
傍観する日々で。
回想して、楽しく過ごせるように。

そうやって微笑みながら箒をはいていたところです。
ふ、と室内に外の光が差し込み、扉が軋む音がしました。
チリンと鳴るベルの一つでもつけておけばおしゃれだったでしょうか。
それこそ、カフェのように。

けれどもここは酒場でした。
カフェよりクリーンではなく。

治安の悪い。


「あの」

「もし」


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──漆黒の髪は珍しく思いますが。
髪が黒いですから、黄金の目は余計に輝いて見えました。
それを二つに括っている、割には。
歳が上。
大人の人に見える。

そんな女性の姿が、ドアを開けた向こうに、見えました。

「…」

箒を持って、顔をあげて。
いらっしゃいませ。


いらっしゃいませ。





「なるほど、森の方を抜けて、別の街に…」

「はい、他にも道はあるのですが、こちらの方が実は近道なのです」

「へえ、それは私も…知りませんでした。初知りです」
「いいことを聞きました」
「だから時折、人が通るのやもしれませんね」

漆黒の髪の人は、どうやら。
食事と水を求めてのご来店だったようです。
街で食べなかったのですか、と尋ねたところ。
保存食は買ったんですけどね、と。
中身の詰まった缶詰の入った袋を見せられました。

「まったく、うっかりとしていましたね」

なんで笑うのを眺めながら。
さて、軽食。
パンの一つくらいしかありませんけれども。
乾燥したベリーとナッツを混ぜ込んだ、硬いパンです。
私の朝ごはんですが、口はつけてないので。
どうぞと一つ渡しましょう。
そうすれば黒髪の人は、ありがとうございますと深々礼をしましたから。
滅相もないと首を横に振るのです。
ホスピタリティ、大切ですよね。
たまに来るお客様にもてなし力を。
それがわた
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「──あの、おひとつお聞きしたいのですが」

──声が、差し込まれました。


「私、人を探しておりまして」



「あなたは、こんな人をご存知ですか?」


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差し出された写真か、絵か。
とにかく。

彼らの、顔だった。





人生のうちには選択がいくつかあるのだと言います。
重い物、軽い物、どれも、これも。
私という人生はそうやって編まれていく物というのです。
そうして未来へ進んでいくのです。
それで後悔するから、次違う選択を取る。
それで良かったから、同じ選択を取る。
分かれ道が連続しています。それは並行的な物です。


──でも。


私の人生にそんな別れた道なんておおよそ存在しないに等しい、と思っています。
アクション!
行動を起こして歩む人たち。
廃れた酒場に立ち寄る人たち。
こんな、辺鄙なところに訪れるのだから。
目的あって、歩む。

──選択の人々。

“その夢を本当に叶えるための道行は、たくさん転がってるよ、きみには”

いいえ、違いますよ、キオルズカさん。
そんなものはありません。
私は、行く人々を眺めるだけで、満足しています。
それで小さな楽しかったことの中でおどっている。

集客力がありません。街の中にも酒場があって、利便性が悪く用もないこちらに来る必要がありません。
パパンにハッパをかけましたが動きません。
今日も酒を飲んでいます。やす酒です。
最近具合が悪そうですが、いよいよ体がやられてませんか?
ママン早く帰ってこないかな。

元通りにしたいのですが、どうにも修復は不可なようです。
だからと言って、外に出る理由もなく。
怠惰。緩慢。

観測地点。


──きっと、ここが私の人生の分かれ道だった。





「……」

私は人を見抜けません。
当然です。場数が少ない。
それだけでなく、彼女は隠すのが巧妙でした。
だから、選び取るのは正直もの。

質問に対して、真を答える。


「ええ、知ってますよ」

「この間ここを訪れた人です」

「彼らも森を抜けて⬛︎⬛︎の街へ行くと聞いてます」

──たった。
たったこれだけでした。
たったこれだけでしたよ。

それを聞いた途端、その人は目を見開いて。
ありがとう、ありがとうと心から感謝するように頭を下げて。

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では、追いかけるために先を急ぎますと。
金銭。乱雑におけば、走り去っていってしまいました。

まるで嵐のようでした。
嵐よりももっと儚いようでした。
1時間程度にしか満たないそれが、


──不正解。





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──通り魔に、銀のナイフを。
そんなの魔術で防げたはずだ。



はは、ははは!
あはは!あはは!はは!!!
お母様お母様お母様!!!!お父様!!お父様!!
村のみんな私やりました!!!私やりましたよ!!!!!!わたし!!!
わたしわたし!!わたしが!!!
私、私、私、不幸な白髪なんかじゃない。
白髪の娘は不幸じゃない。
あーは、は、はは。


はぁ。
やっと手放せます。この鼓動。




でも、きっと、それは正しかった。


あの子の思いは自分が受け止めるべきだった。
二者択一。どこかで泣いている女の子は見えていた。
それでも生き残ったというのだろう。
正当性だ。これは復讐劇だ。

ああ、でも。
彼は生かさなければならない。
それが必要だ。
より良い世界の延命のために。



でも、これじゃ教えが足りないだろうし。



愛着を沸かせすぎたかな。

優しい子。

君だけの幸福を願えたなら、







しかし、そんなこと、わたしまったくしらないのです。
蝶は羽ばたきました。桶屋が儲かりますわ
バタフライ・エフェクト。
何せ難しい言葉、知らないのです。
見えない部分を見ることだってできません。

ただの女の子ですよ。


ああ、だから、だからね。
私が言ったたった一言が、彼らの運命の形を、変えてしまうのです。


私、お世話になった先生を。
ありがとうっていうべき先生を。


正直者の答えで。
間接的に、ナイフを突き刺している。



そんなこと、知ってたら。


ちゃんと、言わなかった。






傾いていく。傾いていく。傾いていく。


あとは、天使が思うまま。
師匠を奪われ、意気消沈した彼を騙すまま。
彼は結局、神へといたるのだ。

誤った形で。
間違った形で。



騙されないようにっていったじゃない。


この話。続きは、また今度に。







──さて、今日も。
変わらぬ日々を過ごしています。


「……」

「………?」

いえ、実はそうではなくて。
まあ、稀にそういうこともあるのでしょう。
箒を持って、外の落ち葉を片付けに行こうと思った時。
めのまえ。
そこには。


「…………」


──昔見た魔物が、一体だけいたのです。


ネタバラシをすると、結局はその一体だけでした。
あとは、どこを探してもいなかった。
生まれた子供がどこかに潜伏していたのか。
あちら側から、また偶発的に一回だけ落ちてきたのか。
何もわかりません。

しかし、ほったらかしておいたら。
だって、あの魔物、昔は結構なランクづけがされていたものです。

──私は息を飲みました。

危ない。危険。でも。
対処できるのは──

「……」


息を吸い込みます。

口にします。

体の魔力の流れを意識して。

覚えたこと、ちゃんと、学んだこと。

失敗しないように祈りを込めて。

ね、キオルズカさん。
もしかして、この時のためだったりしますか?



──風の音はかまいたち。それが鋭く引き裂いた。



──これもまた。滅多にないことですが。


ただの、日常の一コマとして。


そうして、私の日々は続くのです。
栄えることもなく。