【大賢者の万年紀】
【1.先史時代と“強い鷹”】
寒いのが嫌い。
あの孤独とひもじさを思い出すから。
人に庇われて死なれるのが嫌い。
定命の人間たちは、僕の後ろに居れば良いのさ。
⬛︎⬛︎⬛︎と呼ばれるのが嫌い。
自分は人間になんてなれないこと、
誰よりも理解しているさ。
嫌い、嫌い、嫌い、嫌い。
それでも、この世界のことは、嫌いじゃない。
大賢者は万の時を生きる。
独り、世界に取り残されながら。

「僕は、永遠の旅人さ」
大人になることを許されぬまま、
気の遠くなるような年月を。
始まりは遠い昔。
太陽翳る極北の大地に、その少年は捨てられて。
誰もが生きるのに手一杯なのに、
とある男性はそんな少年を拾ってくれた。

「“強い鷹”なんて呼ばれてたかな。
動物を狩る、偉大なる戦士」
“強い鷹”は少年を拾い、育てたけれど。
少年の成長はある時期から止まった。
“強い鷹”が幾ら食料を分け与えても、
大きくなることはなくなって。

「……気味悪がられて、当然だ」
ある日、少年は
吹雪に巻き込まれ行方不明になった。
行方不明のまま数日が過ぎて、
“強い鷹”は少年の生存を諦めた。
しかし少年は
傷ひとつなく元気そうに戻ってきて、
周りは少年を奇異の目で見るようになって。

「だから、義父さんは────」
“強い鷹”は、もう少年を庇護しなくなった。
18歳にもなったはずなのに小さいまんまで、
吹雪に巻き込まれても
衰弱の様子すら見せずに帰還した彼を、
食べ物も与えずに外に追い出した。
⬛︎⬛︎⬛︎と呼ばれた。
心に深く刻まれた傷。
死なぬのならば、お前を養う必要はない。
厳しい極北の大地に、余分な食糧なんてない。
そして放り出されても寒く苦しいだけで、
少年は死ぬことが出来なかった。
その後に“強い鷹”の所に帰ろうとしても、
もうそこに居場所はなかった。
厳しい厳しい極北の地なれば。
群れから外れた者は、
二度と群れには戻れない。

「──僕は、人とは違うんだ」
残酷なまでに理解したのは、
万年紀のはじまり、先史時代。
心に刻み込まれて癒えることのない、
原初の記憶。