………
はい。そうです。そのようです。
何度扉を開け閉めしても、どうやらそこには繋がらなくなったようです。
一過性のもの。通り過ぎてった。
私は、息をひとつつきました。
仕方のないことです。以前もありました。
以前は砂でしゃりしゃりとした食べ物の世界。
彼方の世界でちょいと料理の腕を磨きました。
食べられないものを噛み締め、抱きしめて、面白おかしく愉快に過ごしたものです。
あの世界も急に訪れられなくなってしまって。
それはちょっと落胆したものでした。
それもしばらく前の話。思い出の小箱に閉まってしまった話。
時折改装して、楽しかったなとくすくす笑うための。
それから大分間が空いて、あそこのカフェでした。
カフェでした。いろんな人がいました。
しゃりりとしたところにいた時よりも、いろんな人とお話ししたかもしれません。
カフェですから。
穏やかに飲み物を飲み。
穏やかに食事を摂り。
もしもし、隣のあなた。
──相席ひとつ、よろしいですか?
◇
「別の世界から何か落っこちて来るということは、きっとこの世界には穴が空いているんだろうねえ」
「それは昔からのことで、きっと神様が“壊れて”からのことなのかもしれない」
「魔術がうまくいかないのはなぜか?──神が故障していて、うまく術式が発動しないからだ」
「由々しきことだよ。いくら何でも」
「確かに人々は、あちら側から力を借りる、ということの省略化は行った」
「敬意というものが失われて、幻想と呼ばれるようになった、ぼくたちを監視するための生き物たちはあちら側に殆どが帰ってしまった」
「穴が空いたのはそのせいもあるのかもしれない」
「わからない。いつから現れ出したのか、それとも初めからあるのか、それを研究したり、調べている人がいるのか」
自分の専門の外のことだ。
話のキモはそこではないし。
「とにかく、ね」
「人の生きるこちら側、神のいるあちら側」
「縁が切れ、そのうち、人は人だけの力で生きることを強いられることになるのだろう」
「それは、緩やかに」
「衰退に」
「始まりへ」
「……」
「魔術師たちはそれを許さなかった」
「ならば、人のための神様を建てようとした」
「……」
「失敗したけどねえ」
「あちら側の生き物たちは当然、怒るわけだなあ」
「人のための神様、なんて傲慢だろ」
「この世が人のものなんて、そんなこと許しがたかったんだろう」
「だから、あちらはあちらで神様の代替えをしようとしたんだねえ」
「穴が閉じたのはその影響なんだよお」
「…あちらはあちらで、長持ちしなかったみたいだけれど」
「穴は閉じたままだったんだろう。それだけしかならなかった」
「でも、諦めなかった。また神に目星をつけた」
「人々がそんなことをしないように」
「使えない神様は廃棄処分を」
「新しい神様は永久モノを」
「世界は完璧でなくてはならないから」
「その細部が乱れていても」
「その機関が腐ることのないよう」
「世界の道行の権限は」
「誰のものだというのだろうねえ」
──改装みたいなものだ。
話してる相手もわかるまい。
だって話したところで、何言ってるんだと。
飛躍していて飛んだ妄想だと。
それで終わるような、視点から話をしていた。
◇
別世界の人たちと相席をしていたのです、きっと。
私たちの世界、きっと隣り合ってたんでしょう。
もしくは遠くであっても。
ちょっとだけテレパシ、繋がるように。
受信機はカフェでした。
翻訳機はコーヒーでした。
美味しいって舌鼓。
それだけは確かなことだったのでしょう。
そう言ってコミュニケーション。
きっとそれは楽しいことで。
──あってはいけません。
キオルズカさんはどうやらすぐれた魔術師のようでした。
その人でさえ、世界の転移なんて難しいことだよ、と口にするのです。
偶発的になら、或いは。
しかし、狙って、なんてものは。
扉を開いたら、カフェが広がっている。
ありえないこと。
扉を開けば、砂の街が広がっていた。
ありえないこと。
…
だから。
開いても、開いても、どこにも繋がらないことにホッとしました。
また、思い出たちは頭の小箱にしまって、時折思い返しましょう。
そうやって日常に戻っていくのでしょう。
私のたった一言で。
教えてくれたあなたが、死んだことも知らないまま。
だって私は傍観しただけ。
ただの交わりは、一瞬だけ。
きっと一生知ることもありませんでした。
呑気な空想を頭に浮かべているのです。
きっと、どこかで、げんきにしてるだろう。
何事もなきように。
過疎の中へ。
けれども平和ですから。
私は頬杖をつき。
鼻歌をこぼしています。
ご機嫌に。
午後の日差しを浴びながら。
あとで編み物でもしましょうかね。
この話は、おしまいです。
◇
「……」
「………」
──ですから、冒頭に戻るわけです。
ああいや、今日の、ではなく。
「淡々とした話でしたね」
「でしたね、じゃないが?!」
子供人形は立ち上がった。
はい、そんなわけで。
本当に初めの、部分へと戻るわけだった。
今回の蚊帳の外。
舞台裏は、いつも蛇足に過ぎない。
「こ、ここでおわりか?!なにかはじまったりとかは」
「ないですよそんなもん」
青年の方は切り捨てた。
まったく。子供人形もわざとらしい。
それとも自分の存在の有無。
変わる話は、心地が悪いか。
いつかのあなたの、お友達。
子供の人形の在り方はずっと変わらずのそのままだから。
このように。何もかもに淡々と受け入れ、流し。
飽和する日々に溶け込むようにして、平坦な変わらない人生を歩むことを選択し続ける。
それが幸福なことではないと。
健全ではないと。
「…あなたは言いたいのですか?」
呆れたような呟きをひとつした。
「はは、人生なんて激動たるものではありません」
「あなたのように喜劇を演じたり」
「話に出てきた彼らのように、浮き沈みあるものであったり」
「そんな人間ばかりではない」
「だって彼らは生きている」
「生きているなら、波風のない平穏さを軸と置くでしょう」
「…まあ、まあ。そういうのでしたら」
「彼女の生きる姿を、あなたのように記された物語だと定義して話しましょう」
「その上で」
ことに、きっとこの話で役割があるとするのなら。
「その上で、そんなものはないのです」
「だって、彼女の役割は、ただ一つでしょう」
「余計な一言を一ついい」
「話を動かす、モブ役です」
「大波は、必要ない」
わかりやすく大衆のうちの1人。
それぞれにも人生はあるのだろうが。
もしそれがどこかに記載されるのならば。
その役割以外は薄くなる。
そして役割には縛られる。
強い釘が刺されているから。
どこにもいけないのは、そういうことだ。
「残る日々に当然、満足なのでしょう」
「発展がなく、進展がなく、動きもなく、不満もなく、受け入れるだけ」
「それでいいと飲み込めてしまうのです」
「それが彼女の在り方。そういう役柄」
「穏やかで、しかし、不自由」
「きっと彼女は、酒場の繁盛に夢を見ながら」
「そんな夢が叶うはずがないと諦観を持ち続ける」
「ええ、ええ、根っこに染みついたそれは彼女を動かすことはなく」
「終わるわけです」
眉を下げた子供人形を見たのであれば。
ああ、では、もう少しページをめくりましょう、と。
ほくそ笑みながら手を合わせます。
まあ、物語で言うならという例え話だった。
話であるなら、途中で切り捨てたり。切り取ったりしてもいいのだが。
彼女は生きている人間だ。
その人形のような、誤字脱字の擬人化じみたバグではなく。
その顔がもっと曇れば、面白い。
◇
──穴が閉まっている?
冗談を。ずっと開いていますよ。
「あなたが落ちてくるくらいですから、穴はずっと空いたままです」
「穴はずっと塞がりません。ですから、酒場は何と繁盛したままというわけです」
私はホルデウムと申し上げます。
ご覧の通り、酒場の看板娘をしています。
実家の酒場はなんとなんと大繁盛。
大儲けでガッポガッポです。
くる人をもてなし、泊まる人をもてなし。
依頼を仲介すれば貼り付け、依頼人と冒険者を繋ぎます。
父の作るキノコのシチューはなかなかの評判です。
私の好物でもあります。
「彼女は幸福に、酒場の娘として元気に働き、愛され、楽しく毎日を過ごすのです」
冒険者の皆様は森へと立ち入ります。
何せ、厄介な魔物は空から降ってくるのですから。
それの討伐やら、それ以外やら。
森を目当てとしてくる人がほとんどです。
ああ、忙しいな、だとか。
それが落ち着くと良いな、だとか。
そう言うことは思いますが。
でも、今が一番良い。
いろんな人のお話が聞けて楽しいです。
そういった人たちを支えられるのは嬉しいです。
充実しているのです。今、私は。
「……」
「ま、それは続かないのですが」
「だってその彼女は、身を守る術を知らない」
「魔術の使い方を知りません」
「ほら、話してたじゃないですか。急に魔物が現れたって」
「それを撃退したと」
「似たような事象は起こったのでしょう」
「それも都合悪く、よくくる冒険者のいない時に」
「そして彼女は、身を守る術を持たなかった」
◇
「……」
あーあ、運のない。
私の人生これにてジエンドです。
魔物に襲われるなんて、まあ、油断たっぷりなことで。
仕方ないですね。
諦めるのが早くて、飲み込みも早い。
助けの声すらなく。
◇
「………」
無言、のち、頭を抱えた少女人形の顔を見ればご機嫌だ。
どうせそのうち適当に立ち直るのだから残念だ。
だからもっと、もう少し、愉しませろ。
「………さて」
「でも、これはあなたが落ちてきた世界の話です」
「何だかよくわからない、接続したカフェに向かっていない、誤ったルートの彼女の話」
「カフェに向かった彼女の、終わりの話まで行いましょうか」
「…」
「人にはある程度の運命が決まっていますし」
「それを覆したところで、世界には修正する力があるんです」
「それを存じ上げておいてくださいね、どうか」
◇
「…………」
真っ赤な、空でした。
いえ急なスタートです。
朝起きたら世紀末です。
わーお。終わりって急にくるようです。
真っ赤な、空から、翼ある人たちがおっこちてきて。
再生する。
正しく矯正する。
神は壊れものであるが、再び魔術へ。
人は管理されるべきだから。
粛清の灯火を。方位磁針は解体を指し示した。
神は壊れてしまったが再生した。
いいえ。いい素体が見つかった。

新しき神は天使にいいようにされている。
はじめの天使は人を呪っている。
神を呪っている。
世界を呪っている。
どうしてそれに今まで気がつかなかったのか、それは神が壊れていたからなんだろう。
たぶらかした。甘言を吐いた。
その世界に悪魔はいなかった。
堕落した天使のようにはじめの天使は操った。
神は間違えている。
神は間違えている。
壊れた部分に作られたものは、治さなければならないだろう?
た!
──穴は塞がれ。
──そんなことは何にも知らない。
世界の裏側なんて何も知らない。
ただ、多分これから、何もかもが変わるのだろうと言う、薄ぼんやりしたことだけが自ジムだった。
そして、
女たちは、腹を狙われている。
──以上。
◇
「……」
「──そういう話です」
どちらかに傾けば、どちらかこぼれ落ちる。
幸福は一定の元に消費されている。
蝋燭の長さは、世界線の分岐があろうと一定なんだろう。
二者択一、どちらか選んだところで。
どちらにせよ、短く終わる。
起伏のない。
きっと、彼女は今日も。
楽しかった小箱を、ときおり開いて穏やかに過ごしている。
先のことは何も知らないまま。
それだけわかっていればいい。
どうせ何も知ることはない。
動かないのは、そう言うことだ。
──だから、今度こそ、この話は、おしまい。
◇
「……」
残念です。“また”がないの。
またって言ってもらえるの、あんまりないことなんですよ。
友達もいませんし。同年代の知り合いもいないんです。
こちらに人が来ない、と言うことは。
出会いがなくて、手が届かない。
学校に行ったことありません。
学生を見るたび、きっとそう言う生活って、楽しいだろうなって思います。
明日またね、と手を振るのでしょう。
だから、嬉しかったな。