信心深い者たちの世界 | 記録詳細

信心深い者たちの世界

記録者: レディ・ハグ (ENo. 64)
公開日: 2025-10-19

魔女は浮かぶ。磔にされて。太った神父が、魔女の服を割く。




「見よ、信者達よ!魔女に刻まれた全身を覆う呪いの痣を!
これこそ、この魔女が悪魔と契約している証拠である!!!」



(黙れ。)


「ああ恐ろしい、悪魔と契約したものはその身を食い尽くされ
悪魔として生まれ変わってしまうの言うのに…!」
「なんてこと、もう身体の半分は蝕まれているじゃない!」
「殺せ!今すぐ殺せ!悪魔となる魔女に慈悲などいらぬ!!!」


(黙れ。
わたくしの罪に、わたくしの咎に、
貴様らの汚らわしい言葉で触れるな。)


その痣は7歳の時につけたもの。
魔力の暴走で屋敷を火の海にし、なんとか逃げ延びた時のもの。
生まれた時から一緒だった召使いたちも、たくさんの愛を注いでくれた父母も、置き去りにしてしまった。
この咎を一度たりとも赦していない。そして、誰かにこの咎に触れられることは何よりも我慢ならなかった。


魔女は括られた手も、長い髪もだらりと垂らして耐えている。
足元に組まれた薪から、オリーブや香料、ワイン酒の香りが立ち上る…


「それでも神は慈悲深き御方。
魔女であろうとも、悪魔と契りを交わそうとも、お救いになるだろう!
私達は神の代行者として浄化の儀を試みた。この者を、地獄には行かせまいと!」

「しかしどうだ、この魔女は儀式を拒み、私の身体を穢したのだ!!!」


「なんとけしからん魔女だ…」
「神の、神父様の慈悲を拒むだなんて!」
「奴は悪魔だ!今すぐに火あぶりにしろ!!!」


「これより、この魔女を、火刑に処す。」


民衆は歓喜する。魔女の死によって、安寧が約束されるのだ。





「魔女よ、最後の慈悲だ。言い残すことはあるか。」


「…ええ、わたくしを殺すのね。それは結構、わたくしも罪を償いたいところですわ。
でも取りやめた方が良くってよ。なぜなら、わたくしを殺せば世界は滅びますわ!!
この世界も、他の世界たちも、みんなみんな、わたくしがいないと滅びますわ!!!


魔女の使命は一族の過ちを清算し、世界の崩壊を止めること。
死ねば、そこで世界達の未来は確定する。詰む。滅ぶのみ。


「…戯言を。世界が滅ぶのはお前のせいなのだ、魔女め。」


「………っ!!!」


神父の吐き捨てた言葉は適当だ。
しかし、魔女は自分の咎を突かれたように受け取り、動揺してしまった。


「始めろ。」


神父が苦々しい顔をしたまま、魔女の足元に火がつけられる。
煙がもくもくと上がり、オリーブやワインの香りがさらに立ち上る。
炎はどんどん大きくなっていき、魔女の足から焼き始める。
民衆の歓喜は、炎の音にかき消され、魔女は煙に咳き込む。




(…大丈夫、これくらい。あの夜に比べれば大したことありませんわ。)

(それに…)















(もう、魔力は十分取り戻せましたもの。)






昨日までは確かに枯渇していた魔力。
嵐をまとって町を襲い、食べ物や本を集めているところを不意に殴られ気絶し失った魔力。



今までの間に摂れる魔力は


処刑前の最後の食事。
薪にかけられた清めの為の油と酒。
浄化の儀で飲まされたもの。


普通ならそれだけでは足りない。


この世界の者たちは信心深かった。おそらく本物の魔女を初めて経験したのだろう。
用意された食事も、清めに使われた油も酒も、とても上質なもの。
本物の魔女に恐れをなして、徹底的に良いものを用意した。
それが魔力を大いに回復させるものとも気づかずに…


なぜ上等なものが用意できたのか。
あの太った神父だ。彼は、民たちの信心深さを利用し、私腹を肥やしていたのだろう。
彼は今、薪に使われた油や酒が燃える様子を頭を抱えながら見ている。




煌煌と燃え上がる炎の中から魔女は笑いながら叫ぶ。

「…ふふふ、ふふふふふふ!あはははははははは!!!
焚きつけてくださった聖なる炎は貴方たちにお返ししますわ!
せいぜい、悔い改めてくださいましね!」





魔女は背の十字架ごと身体を動かす。前に突き出た瞬間、燃える薪は風によって周囲に吹き飛び民衆を襲う。
神父も、教会の者たちも、長く重厚な装いについた火を振りほどくことができず
しまいには転び、喘ぐだけの者となっていった。
魔女の風は炎の勢いをますます強める。人も、町も全てを包んでどんどん燃えていく。


「あはははは!醜いですわね、愚かですわね!
わたくし、こんな世界、救いたくありませんから!!
あなたたちはこの炎と共に滅びなさい!ごきげんよう!!!」



























町を離れた魔女は、腹に手をあてながら、川の中へ入っていく。