【5.古王国時代の英雄譚】 | 記録詳細

【5.古王国時代の英雄譚】

記録者: アルンケティル (ENo. 16)
公開日: 2025-10-19

【5.古王国時代の英雄譚】

 シーニィが死んで、少年の世界は空虚になった。
 シーニィの居ない空は、
 寂しいものでしかなかった。

 空虚に時を過ごしていた。
 君と同じ場所に行きたくて、
 様々な方法で自死を試した。
 けれど結局、苦しいだけで死ぬことは出来なくて、
 死ねずの少年は絶望の中を漂った。

『……………………』

埋め込み画像

 そうしていくうちに時が過ぎる。
 大陸の活動が収まってきた。
 “現在”の地形の原型が出来た。

 人間たちが竜族を狩るようになって、
 かつて世界を席巻していた竜族の勢力は、
 急速に衰えていくようになって。
 竜族が地上からほとんど姿を消して、
 この時代は終わりを告げた。

「…………流れる時の中で、
 心の傷は少しずつ癒えていったよ」

「君は僕に、停滞なんて望んでいなかったはず。
 だから僕なりに前を向こうって……
 意識して…………」

「でも…………さびしいよ…………」


  ◇

 竜の時代の後、北の大陸では
 無数の国が乱立しては消えていった。
 そんな時期がしばらく続き、やがて、
 北の大陸をひとつの大国が統一して
 戦乱の時代は終わりを告げた。

「古王国ノイフォス。
 北大陸の歴史はそれなりにあるけれど、
 大陸統一を果たしたのはこの国だけ」

「この時代は歴史学者たちにより、
 古王国時代と呼ばれている」

「……動乱の時代ではあったが、
 様々な英雄たちが活躍している様は、
 とても光り輝いて見えたんだ」

 そんな時期にひとりの半神が生まれた。
 その名はネヴィーレン。
 冥王と人間との間に生まれた不義の子で、
 ケティルから見れば異母弟にあたる者。

「……あの子を縛る呪いも恨みも根深すぎて、
 永く生きた僕でも、
 どうにも出来なかった」

「破滅の予感しか見えないのにさぁ。
 …………歯痒いよね」

  ◇

 そしてある時、世界の存亡をかけた
 大きな戦が勃発した。

 少女アリシアと、少年ラギ。
 互いに人間と神の血を引きながら、
 取り囲む境遇は正反対。

 迫害されて育ったラギは、魔界で蜂起。
 魔族の連中を率いて、
 地上と魔界の境を破壊し地上を乗っ取らんと企んだ。

 愛されて育ったアリシアは、地上で奮起。
 人間と天界の神の一部を率いて、
 ラギたち魔族の軍団と果敢に戦った。
 この戦は後に、天魔大戦と呼ばれることになる。

「ラギが勝ったら、
 そう遠くないうちに世界は滅びるだろう。
 そして彼は、とてもとても強かった」

「だから僕も、人間側として参戦したんだ。
 “賢者アルネ”として、ね」

 “観測者”を捨て去って、歴史に介入した。
 シーニィを救うのを躊躇ったその力で、
 この世界を救ってみようって。

「この英雄譚の主役はラギとアリシア。
 それは勿論、弁えていたとも」

「……でも“賢者”として、
 ちょっとは手を貸したんだよ」

 英雄が、前へ進めるように。

 この身に神の血が流れているならば。
 僕はそのような“追い風”で在りたい。

 戦いの果てにラギは倒され、
 魔界への入り口が閉じられ世界は延命する。
 されどその際に負った傷が元でアリシアが亡くなり、
 ラギの遺物は世界にじんわりと悪影響をもたらした。

 無傷ではなかった。
 しかしそれでも、世界は永らえた。
 その人間側として重要な役割を果たしたのが、
 ノイフォスの当代の王である。

『…………シーニィ』

 君の愛した青い空を、
 この力で、守れたよ。

埋め込み画像

 それから再び、時が過ぎる。

 西の大陸では、
 暴れ回る神々を封じる
 特別な人間たちの英雄譚があった。

「…………封神綺譚」

 北の大陸では、
 古王国ノイフォスの支配に
 反旗を翻した人々の手により、
 8つの国々が新たに独立を果たした。

「…………暁の神話」

 北の山脈では、
 空に憧れる一人の少年が、
 闇神に願って翼を得、
 翼持つ民の先祖となった。

「…………蒼穹と太陽」

 人も神も魔族も沢山死んで、
 数多の涙と笑顔の果てに生まれた英雄譚の数々。
 それが、この古王国時代である。

「まさに動乱! だよねぇ。
 この時代を愛している
 歴史学者たちは、多いよ」

「僕はあくまでも“観測者”だから、
 直接関わったのは天魔大戦だけだけどね」

「封神綺譚には、
 ネヴィーレンが裏でちょっと噛んでるけど……。
 あの子は僕の異母弟ってだけで、
 交流はないしな…………」