ベルモントのおかわりを | 記録詳細

ベルモントのおかわりを

記録者: 酒場の娘 (ENo. 2)
公開日: 2025-10-19



なんだか記憶が混戦しましたが、まあそういうこともあるのです。
あるったらあるのです。この世界はいつだって現実と不思議と事実に満ち溢れています。
大半がびっくりするくらいつまらない事実でできていますが、今回は不思議・生物との出会いの話ですからね。
多少の混線、無問題。電話は快適です。
保留解除。このまままいりましょう。

つまり何が言いたいかというと。
酒場に妖精と、五月蝿い男が襲来したということだけ分かってれば良いのです。
妖精は上から見下げるようにして、宙に浮いたまま私を見つめています。
彼女の代わりの口のように、男はよくしゃべりました。
いや妖精も口数は多い方でしたね。
抜群に付き添いの男が口数が多いだけなのでしょう。
無限おしゃべりマシーンと私は名前をつけました。
あだ名とも言います。

さて、妖精と同様、端正な顔立ち。
さらりと肩上で切り揃えられた銀髪が美しく、黄金の瞳の瞳孔は珍しい縦長で、見つめられれば何となく捉えられた気分となりました。
このように顔整い、私の周りではあまり見かけませんから、自然と肩に力が入ってしまうのでしょう。
色白の肌はどこか血の気が薄いのですが。

埋め込み画像

「と、言うわけでェ〜、俺たち宿探してんのよォ!」

儚さとは程が遠すぎる声の大きさでした。
除く八重歯と、それまで思い起こした容姿。
統合すると、夜のバケモノにも近しいそれなような気もしましたが。
気さくな話し方、お元気溌剌の声、屈託なく表情豊かな様子。
夜のバケモノは確かに美しい顔整いだと聞きますが。
同時にとても紳士的な振る舞いをとり、人を騙して食い漁るのだと言います。
遠い昔の話ですが、今にもそれは伝わっています。
あり得るわけのない事象とも言います。だって古き昔の話ですから。
彼はそれではないのだと、私は勝手に判断を下しました。
頭が空想で満たされすぎていてよくないですね。

「宿、ですか」
「しかし旦那様、この辺りは何もありませんよ」

せっかくですからお冷やの一杯でも出しましょう。
あんまり冷たくはありませんが、取り立ての水ですから新鮮です。
こうやってサービスを施すことで何かを頼ませ、利益としたい。
そんな強かさでした。

「おう旦那様だぜ」

ノリはいいので助かります。

「何もないって、あるだろ」
「この酒場が…?!」
「違うなァ!」

ノリはいいのでとても助かります。

「そりゃもう」
「森よ」

そう言うと、少しだけ男は外に目をやるようでした。
森の入り口近辺に立つ酒場ですから、ほんのり濃い緑の木々らが窓の縁を彩っています。
生い茂る葉。手入れがされていませんから、当然好き勝手伸びています。
今日の天気は晴れ。青い空とは対比的な色合いでした。

ふ、と見れば、妖精の方も窓に目をやっていました。
美人が物思いをする横顔、絵になるとはこのことでした。
……
妖精の方が森に用事があるのでしょうか。
ああ、ただ、私はおじさまとお話ししていますから。
検索ヒットする話がひとつあったのです。

「…妖精を探されにきたのですか?」

そう、一言をこぼしました。
森に縁深い植物の妖精。
花の髪飾りといい、体に纏う蔦といい。
きっとそうなのだと判断しました。
纏うドレスも若草の色をしていますから。

「……」

その瞳もまた、緑が深く。
私をじっと見つめるようでした。

「…妖精じゃないわ」

口を開けば、言う言葉はそれで。


「──探しにきたのは、天使よ」




──さて。
結論から申し上げますと、売上はかなり出ました。
やりました。万歳。私の勝ち。

要するにあのヘンテコ妙な二人組は森に探索に来たようでした。
天使が落ちた、と言う話を巡って。

話に尾鰭がついているような気がするのです。
妖精が森へ探索に行っている間に、旦那様の呼び方がお気に召したらしい男に私は尋ねました。

「私、同じ話を別の人からも聞きましたが」
「その人は妖精と言っていたので」
「てっきり迷い込んだおなかまを探しに来たのだと思いました」

「クハハ、まーァ、なんだ、尾鰭ついて伝わるかァ、なんか一部分違って伝達するのも仕方ねェ」

酒の入ったカップを揺らし。豪快に笑ってから、男はそォねぇと話を続けます。

「確かにあいつにとってはお仲間だわなァ」
「ただ、俺にとってもお仲間ってわァけ」

「…?種族が違うのに、です
「そそ。…まーァ」

「結構な昔にな。ドジな仲間だぜ」
「へえ。…旅仲間、ですかね」

まさに!そんなところよォとサムズアップを返されます。
続けて、男が話すところによれば。
二人組は昔は何人かで組んでいたようですが。
あるとしを持って、何人組は解散にいたり。
それきり誰とも会っていないと言った話でした。
その中でも、行方不明の冒険仲間を探す、として。
探しに来ているそうなのでした。

「…どれくらい前に?」

「どれくらいにも前に」
「それでもって、わけよなァ」

ゆるく笑いながら。
人差し指を立て、口角も上がり。
八重歯はのぞいているのにそれは、破顔ではなく苦笑のようでした。
暗い話はいけません。
たとえそれが何となく想像つくようなことであっても。

本当にその人は、天使なのでしょうか。
なんて。そんな疑問は伏せておきましょう。
クリーンさが売りなのです。
それに何方かと言えば。

「…旅をしているなら、いろんな風景を見てきたのですか?」
「おう、勿論。何なら話のネタならいくらでもありよりのありよ」
「それは心底心強いことです」

私はにっこりとわらいました。
私はこの酒場の面倒を見なければなりません。
何せパパンはあの体たらく、ママンはお仕事で外に出ています。
必然的に私が残ります。
外世界のこと、いろいろ聞いてみたいのです。
そういう、情報交換の場が、きっとこの場所ですからね。

募集ボード、カビが生えていますけれど。
嘘です。カビが生えそうなくらい何にも使われてないと言うことでした。





「…ガーディ」

妖精は森の中。
飛び回りながら、探す人を呼んでいた。
否、人ではもはやなかった。

森に、天使がいたと言う。
街で聞いた話だった。

「…………」

神に祈るわけではない。
確かに妖精は神の製造物であるけれど。
ただ、祈るように手を組み続けて、羽ばたいていた。

あれから何年経っただろうか。
彼女の姿を見かけて、何年。
もし、森の中に池があったなら、そこに沈んでいったのかもしれない。
だとしたら冷たい池の中、もう骨すら残っているかもわからないまま眠っているのだろう。
そんなの許せなかった。
見つけてあげられなかった。
あの昔に、手を伸ばせなかった。

あの男は──イノヴェルチは、探さないようだった。
無責任とは思わなかった。
あいつは、選んだ選択に干渉はしないから。
ただ流れるままを。
自分の中に悲しみを抱えようと。
それを飲み込んで、仕方ないと手を伸ばさない。結末を受け入れるしかない。
それもあり方なのだろう。
これは何年も前の話であるし。
余計に。

でも、私は──

「………」

後悔だけが残っていた。それを認められなかった。
どれだけ自己満足でも、この焦がす感覚が残ったまま、先に行きたくないだけだった。
それ以上に。あの子が報われないのが嫌。


森に天使がいたと言う。
天使は白い外見をしていたと言う。
物珍しい白の娘。
薄桃の目をしていた。

「……なんだって、」

なんだって。
天使なんてものにさせられているのか。
その魂の生まれ直しすら、壊れた神は許さないのか。
神がもう少しまともであれば。


色なしの娘なんて、そんなもの生まれなかっただろうに。


ああ、だからせめて証拠が欲しい。
世界のどこかに、翼を持ったあの子がいるのだと言う。
今度は逃さないように。
見逃さないように。

何とかしてあげられるように。




──そうして何日か経ちましたが、如何にもこうにも見当たらないようでした。
妖精曰く、探索しずらいと。
それはそうでしょう。結構深くて広い森なのですから、人っ子1人浮き続けながら色んなことができたら超人です。
人ではなくて妖精ですが。

「案内いたしましょうか?」

ある程度は自信がありますが。
首は横に振られてしまいました。

「…いいわ。いらない」
「…」
「結局ただの噂話、と言うことだったのでしょう」
「そもそも、ですか」

男の方は親切で、この間のおじさんと同じように水汲みに行っています。
何なら買い出しにも行ってきてくれるそうでした。
私が1人買い物に毎日行っているのだと男に伝えれば、それはたいそう、嫌そうな顔をしていました。
不機嫌、と言う顔だったのでしょう。マシンガントーク人間にも嫌なことはあるようでした。
ピンポイント。果たして何が気に障ったのかは妙にわかりかねますが。
私の代わりに、買い物に。

ですから、妖精とタイマンでお話を続けました。
紅茶の提供でお送りいたしています。

「……」

沈黙、のち。

「ええ」
「……」

「噂話でも。探している子がいたのだけれど」

紅茶のカップは傾けられました。
薄紅色は減っていきます。

「……そうですか」

私は頷きましたけど、私はぼんやりと考えます。

縋るような細い糸。それを辿るようにきたとして。
森の中で見つけられなかったら。
いつだって懸命になったことが無駄になることは仕方のないことではあります。
しかしそれは自分に置き換えた場合。

「……見つかることを祈ります」

ですから、一言付け加えたところ。
他人にはグッドラックを送るのです。
きっとうまくいく。いい言葉でしょう。

妖精は、わかってるわ、と目を細めるばかりでした。
ありがとね、と笑われました。
紅茶のおかわりを所望されました。
ですから、ティータイムの会話はもう少し続いたのでした。





──結論から申し上げますと、結局そのひとは見つかりませんでした。
あのおじさまの言っていた、妖精もいないようでした。
何もない、ただの、森。
私は最初から知っていることでしたが。

妖精は諦めきれないようでしたが、男の方がまた別の話を辿ってみようぜ、と提案しました。
事実、話を聞く限りは。その通りでした。
そのまま、彼らは別の場所へと向かうようでした。
何せ渡り鳥。いつかは別れの話。
そして、その日は今日でした。


……

あの二人組、どうやら金持ちのようでした。
私の懐が温まる熱があります。


またきて欲しいとは、厳禁な話です。
単純に。

2人と話す時間は、楽しかったこともあるのですが。