【4.竜の時代を友と往く】
隕石によって文明が滅び、
生き残った人類は、少しずつ再生していく。
この頃、大規模な地形変動が起こり、
超大陸は様々な形に分けられた。
“現在”の地形の原型だ。
地形変動にも、人類は翻弄されていった。
一度滅び去った生態系も、
新しいものへと変じていく。
世界は大いなる再生の時を迎えた。
それでも世界は生き延びたから、
再び芽吹きゆく新たなる命。
冥王が影の神を正妻に迎えて、
時と夢の神レーヴが生まれた。
ケティルとは違い、ちゃんと愛された子。
不義の子ケティルと正統な子レーヴとの腐れ縁は、
この時代から始まる。
そして。

「竜と呼ばれる種族がさ、
この再生の時代に生まれてね?」

「そこで僕は、
とある大親友と出会ったんだ」
その時、不死の少年は
乱暴な黄金竜に襲われて倒れていた。
再生能力も上手く機能しないぐらいに、
ボロボロに傷付けられたのだ。

「それでもどうせ僕は死ねないからさ。
またか、って思ってたんだけど」
少年が目を覚ました時、空と雲の色が目に入った。
助けてくれたのは空の竜だった。
彼は、ケティルの回復を辛抱強く見守った。

「確かにね、この時代の中期、
人間と竜族は良き友ではあったけどさ」

「空の君が、出会ったばかりの僕に
そこまで優しくしてくれた理由…………。
当時の僕には分からなかったな」
竜は、シーニィと名乗った。
シーニィはケティルと過ごしながら、
ケティルの傷が癒えても共にいながら、
ある日、夢を語ったのだ。
── 『友達が欲しい。
友達と一緒に、世界の様々なところを巡りたい』
と。

『友達…………』
僕は永くを生きるから、誰かと深くは関わらない。
置いて逝かれる悲しみを知っている。
だから、だから。
──でも、竜族なら?
心が囁いていた。
竜族は人間よりもずっと長く生きるから、
彼と一緒なら、この永遠も寂しくなくなるんじゃないかって。
見知らぬ僕を助けてくれた優しい君となら、
何処までも行けるんじゃないかって。
だから少年は答えた。
『僕が君の友達になる』と。
ふたりで、何処までも行こうって。
夢を語って、約束をしたんだ。
ねぇ、シーニィ。
君なら、僕を置いて逝かないよね?
色々な話をした。
生まれと本名を話したけれど、
シーニィは⬛︎⬛︎⬛︎なんて呼ばなかった。
辛かったねと、寄り添ってくれたんだ。
そんな温もり、初めてだった。
少年は、優しい愛を感じていた。
◇
少年と空竜は旅をした。
火山の近くを飛んでった。
凍える地域で光る結晶を見た。
地面の底には闇が燃えていた。
日の沈まぬ昼と、日の昇らぬ夜に出会った。
大きな雲の中を突っ切った。
空の果ては、どこまでも澄み渡っていた。
旅をしながら、世界は丸いことを知った。
旅をしながら、空気の層の彼方に、
漆黒の世界が広がっていることを知った。
ならば神々のいる天界は?
どうやら、単純な飛行では
辿り着けない地にあることを、また知った。
雲の上には天なんてなくて、
ただ透明な青ばかりが広がっていた。

「僕の永い永い生の中で、
この頃が一番、楽しかったんだ」

「何よりも綺麗な空を見て、
隣には最高の大親友がいて!」

「目の前に広がる無限大の未来を、
ただ、信じていたんだよ」
君と見た空の青さを、忘れない。
しかし、平穏は永遠ではなかった。
少年と空竜が共に大地を散策していた時、
空を黄金の輝きが横切って。

「…………一瞬で理解したよ。
アイツは僕がシーニィに助けられたあの日、
僕を襲っていた竜だって」
人間嫌いな黄金竜は、空竜に言った。
『そんな人間なんて見捨てなさい』と。
しかし、それに空竜が従う訳もなく。
竜たちは空に舞い上がって、争いを始めたのだ。

「……僕は、身に宿す神の力で、
シーニィのことを助けようとしたんだ」

「シーニィの為ならば、
『観測者』なんて捨ててやるって」
でも。
でも。

「…………恐怖が、あった」
神の力を解放して、シーニィを助けられたとして。
それでシーニィに、“⬛︎⬛︎⬛︎”なんて呼ばれでもしたら?
シーニィのことを、信じていない訳じゃない。
されど根本的に、己に自信がなかった。
──“強い鷹”は、僕を。
はらはらしながら見守っていたら、
突如、黄金竜は少年の方を見た。
人間の方を殺してしまえとでも、
考えたのかも知れない。
けれどお生憎。目の前の人間は殺しても死なない。
だから少年は、堂々としていたのだけれど。
──割って入った、空の影。
舞う血飛沫と落ちる身体を、
理解出来なかったんだ。

『──シー、ニィ』
黄金竜は飛び去った。
少年の目の前には、
大怪我を負って倒れ伏す友の姿。
死なぬ己を守った友の姿。

『シーニィ、どうして』
『…………どうし、て?』
それはどう見ても致命傷。
少年の小さな手のひらでは、
手の施しようがなかった。

『…………たいせつ、だった、か、ら』
シーニィは言ったのだ。
大切だったから、咄嗟に守ろうとしたって。

『ふざけ────』

『──ふざけんなよ
シーニィッッッ!!!!!』
咄嗟に出たのは、怒りの言葉だったんだ。
『ずっと一緒』って、約束をしたのに。
シーニィは、自分からそれを破ってった。
黄金竜に切り裂かれても、僕は死なないのに。
殺されたら死ぬ君が死なない僕を庇ったこと、
その果てに死に逝くことが、理解出来ずに憤った。
だけど。

『それでも……ぼくは……きみ……が…………』
虫の息の下で、語られたこと。
深い深い親愛があったから、
友が傷付くことに耐えられなくて、咄嗟に庇って。
その結果として友を大きく傷付けることになったとしても、
『それでも、守りたかったんだ』って。
それが、愛というものなの?
そんな身勝手な自己犠牲が、“愛”なの?
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、
死ねない少年は友の顔の側に寄り添って、泣いた。

『シーニィの……ばか…………っ』
ごめんよと、シーニィは困った顔をしていた。
されど、それは確かに愛だったのだ。

『だいすきだよ…………。
ぼくの……ともだ……ち………………』
いかないで。
その日の夜にシーニィは死んだ。
遺体に縋って抱き締めても、
温もりは消えていくばかり。
大きな身体の彼を埋められるような穴は掘れなかった。
だから少年は彼の遺体の近くに小さな穴を掘って、
そこに空色の鱗を埋めたのだ。
そして友の遺体が朽ちて骨になるまで、
飲まず食わずで虚ろに、隣に寄り添うことにした。
君の声はもう聞こえない。
君の笑顔も空の瞳も、もう永遠に冥の底。

『シー……ニィ………………』
絶望。悲嘆。哀惜。失意。空虚。
心が激痛に悲鳴を上げている。
だけど死なない、どうしても死ねない、狂えない!
止めどなく押し寄せる感情に翻弄され、
死ねずの賢者は声が嗄れるまでただ哭いた。
まだ、世界の全てを回れた訳じゃない。
その途中で君は死んで、夢は潰えた。
『ずっと一緒』の約束も、もう。

『…………みんなみんな、
僕を置いて逝くんだ』
墓標を立てながら、あは、と笑った。
希望に満ちていたはずの胸を、
絶望と諦観が巣食っていく。
君となら、ずっと生きていけると思ったのに。
君だからこそ、ずっと、って。
こんな悲しみを抱くぐらいなら────。

『──君と、出会わなければ良かったよ』
そんな言葉を口にすれば、
更なる雫が頬を伝った。
こんな痛みを味わいながら永遠を生きるぐらいなら、
古代文明の時代のあの時、ラヴィランを邪魔して
破滅の予言を成就させていれば良かったんだ。
そうしていたら、あの時、死ねたのに!
“⬛︎⬛︎⬛︎”と呼ばれることを恐れ、
友を信じ切れずに力を使わなかった己も嫌い。
そんな時の為にこその、力だろうに!
全てに後悔をして、全てに絶望して。
あれだけ好きだった青空を見上げても!

『あはっ!
なぁんにも、ない!』
──もう空虚しか、見出せないんだ。
ねぇ、シーニィ。
呪いを遺して死んだ君を、永遠に恨むね。
こんな痛みが愛だなんて、信じないからね。
眠れる墓標は、何も言わない。
真っ青な空には、雲ひとつもない。