魔女は浮かぶ。風に揺られて。パラソルが霧雲を割く。
魔女はこのところご機嫌だった。
連続して魔法のない世界に迷い込み退屈していたところに
潤いを与えるカフェを見つけた。
そこは様々な世界から人々が集う不思議な場所。
好きなようにくつろぎ、食べて、話に花を咲かせる。
はじめは、誰かと関わるのに消極的だったが、
出会いや出来事が、魔女を前に歩かせた。
時には気まぐれや戯れで魔法をかけてみせたり…
魔法をかけられて、新たな知見を広げたり…
人を知り、繋がりを知り、誰かのために何かをしようと思ったり…
いつもは風のように吹き抜け、通り過ぎる魔女が、
足を止めてこの場所にいることを望んだ。
今日もカフェへ向かう。
パラソルを閉じて空から降り、カフェへつながる廃屋へ。
入口にある朽ちたドアに手をかける。
…ドアはそのまま、バタリと倒れた。
「えっ…」
「そんな…」
「…うそでしょう?」
魔女はドアを立て直し、もう一度開こうと試みる。
バタリと倒れて、ドアは二つに割れる。
魔女は崩れ落ち、顔を手で覆う。
肩を震わせ、悲痛な声が漏れ始めた…。
「…分かっていましたわ、いつかはこうなると…」
「…でも、あまりにも突然ですわ…」
「どうして…どうして、もう会えないの?」
カフェで出会った人たちの顔が浮かぶ…
一緒にスイーツを食べた可愛らしい人たち…
それぞれの世界や魔法のことを語り合った人たち…
転んだり倒れて驚かされた人たち…
いつも自分の魔法を重用してくれた
あなた…
逞しくて気にかけてくれた
あなた…
純粋で誠実で微笑ましい
あなた…
からかい合える波長の合う
あなた…
笑わせてくれて、笑わせたかった
あなた…
隣にいたいと、心から思った
あなた…
呆然としてる間にも、風が髪を揺らし、時間をどこかへ運び去っていく。
三日月と星たちが空を包む。
魔女は長い髪を地面に引き摺り、うなだれていたままだった。
ふとポケットがうっすらと青く光っているのに気づく。
魔女は取り出した、友人からもらった
月光花の小瓶を。
座り込む魔女の周りにも夜空が照らし出される。
花の淡い青の光が、涙を流す魔女を慰めるように包む。
「…綺麗ね。」
「…いつか
あなたと一緒に、この花を見ようって言いましたわね。」
「いつか…。」
魔女は小瓶の作る夜空から、月夜の空へ顔を上げる。
「…そうよ。いつか、また会えるもの」
「わたくしは世界を渡れますし、みんなにも、
あなたにも会えますわ…」
「…ありがとう、思い出させてくれて。
わたくしには、やらねばならないことがありますから。」
風とは吹き抜けるもの。どこかに留まるものではない。
カフェでの時間は停滞ではあったが、
ふらりふらりと彷徨う魔女の風にひとつの道を指し示した。
魔女の旅路の途中で再び誰かの世界へ行くかもしれないし、
成したあとで訪れて周れるかもしれない。
長く辛く孤独な旅に、わずかに楽しみができた。
誰かに会えた時は、笑わせられるようになっていたいものだ。
魔女は立ち上がり、パラソルを手に、カフェへ通じた廃屋を去る。
カフェへはもう行けないから、
さよなら。
でもみんなへ、またいつか…

「またお会いましょう、ごきげんよう。」
カランカラン…