さて、にぎやか二人組が去って行ってから数ヶ月。
私の歳も変わる頃になりました。今年です。
ぱんぱかぱーん。私もレベルアップというわけでした。
レベルアップしたところでプレゼントなどは当然ありませんので、ハッピネス、私が私をご機嫌にする他ありませんでした。
街の外からこちら行き。
お客様のプレゼントがあればパーフェクトなのですか。
お客様からプレゼント、ではなく、お客様のプレゼントがミソですよ。
プレゼントは私、というわけです。
私ではなくてあなた方なのですが。
さてそんなことを思い描きながらも重たい窓を開けてみれば、ほんのりと暖かさを含んだ、されど湿り気はない、のどかな春の空気が室内に潜り込んできました。
春うらら、爛漫。
こういった空気は眠くなりますね。
私は退屈な人、いつだってスリーピングできるのが得意なことですが。
今窓を開いたのは、陽な気で室内の空気を入れ替えるためでした。
ですから空気を深くすいます。
すって。
はいて。
深呼吸〜。
「ぷは、」
ちょっと長く吐きすぎるのもご愛嬌。
深く吸い込んだ息、長く吐き出しながら、吐き出しすぎた位置はわからなくはなりがちです。
ちょうどいい息の吐き方なんて誰も教えてくれませんから、自分で試して調整していくしかありません。
幸いにも人生の中で吸って吐いては最も繰り返す動作のうちの一つでしょう。
その中で、時折深く呼吸をしたときに。
吸いすぎてむせることなど。
数えるほどしかありません。
ですからわからないのも当然のことです。
吸いすぎて苦しいあの感覚。一瞬息を止めるあの瞬間。
息が詰まるとはこのことでしょう。
周りの時も止まったかの様に陥ります。
一瞬だけ音が止まるように。
オーバー。過失を問われている様です。
みなさま、深呼吸のしすぎにはお気を付けを。
閑話休題。あれ、これ、使い方合ってますか?
ともかく、私は窓を開けて深呼吸して、北風が吹いていたので爆速で窓を閉めました。
ふっくらと温まり、陽気が膨らみ始めた時にこれです。北風は水を指すのが趣味らしいです。風です。
ああでも、窓を閉めたところで、扉が開けば仕方ない。
ハッピーバースデー!
誕生日プレゼントは数日遅れで来たようです。
自分で大地を踏みしめるようにして。
誕生日ケーキではありませんが。
「…やあ」
「こんにちはぁ」
「大人2人、空いているかなあ」
──男性二人組。ご来店です。
お揃いのようなコートを羽織って。大きな方の男性は、辺りを見回すようにして。
言の葉を口にしたメガネのお兄さんは、ゆるり、と微笑みました。
優しそうな人。
それが、私の第一印象でした。
◇
──さて。
バタフライ・エフェクトというように、些細なきっかけが世界の大きな出来事につながるという話は多々あります。
冒頭で見せた子供人形なんかは。この世界において最たる例でした。
あの子供人形が、予測の魔術師と出会わなければ?
これは確かに大きな出来事であり、そのせいでいく人かの人生は全く異なる線を辿る羽目となるのです。
あそこの世界は異常。
こちらの世界が正史。
…
ああ、だからといって。いつだって世界はすぐに歪むから。
たった一つの出会いからまた外れていく。
規則正しい一本道。
縮れてうねって複数となる。
正しいことをしなかった。
そう思う少女もいて。
しかしそれが、実は正史だったりするのです。
◇
結論から述べます。
太客でした。
その二人組は、各町を巡って旅をしているそうでした。
しかし偶然最寄りの街。宿は埋まっていたようでした。
そんなこともあるのか、と私も瞬きしましたが、まあ、実際そのようなのは事実ですから。
そうなっているから、こうなっています。
と、しか言いようもないのでした。
今日は野宿かなあ、なんてのほほん話していたところで。
覚え聞くはここの酒場。
なんか一応やってるらしいよ、とは街人Aからど失礼な発言かまされて。
それを信じてえっちらおっちらとやってきたそうです。
「……」
失礼な村人Aのおかげでお客様と巡り会えているのだからまあ捨てたものじゃありません。
実にはっぴねす。どちらかといえばグッドなラックです。
というわけで、お決まりの文句を一つ。
「泊まられますか」
「うん、泊まってくよお」
「せっかくのご縁だ」
「しばらくはお世話になると思うなあ」
「よっしゃ」
わかりやすくガッツポーズ。
くすくす、とメガネの男性からは笑われてしまいました。
わかりやすいですね?わかりやすいです。
でもそれほど嬉しかったということで、一つご勘弁お願いしたい。
私の生活がより良くなるということで、さらにもう一つ。
「2名様でよろしいですか」
「うん、2名で」
「お名前をお伺いしても?」
「ああ、それはね」
「ぼくはキオルズカ。キオルズカ・カメール・キィンカーチャ」
「こっちの子はキォーズ。キォーズ・キスツス」
「2人で魔術師をやってる者たちだよお」
◇
魔術師、と聞けば、若干おったまげたのは当然私です。
旅をしている、というのもわからなくはありませんが。ここは辺境の土地ですから。
何せ街には魔術師たちの組んだ術式、道具があちこちで作動しているのです。
きっと、どの場所もそうで、正しく自給自足の生活をしている生活圏は、ごくわずかな者でしょう。
魔術を使えるものは街の中でも少ない存在ではありません。
魔力を回して、呪文を唱えて、素質があるのならば、誰にも開ける門でした。
ただ、魔術式を組むとなれば別です。
生活を豊かにするために。
世界をより良くするために。
魔術の才能と、最適化と、繁栄を。
そう言った人々を、人々は尊敬を込めて、魔術師と呼ぶのでした。
…
かつては魔術師たちの集う島もあったそうです。
私が生まれるうんと前の話ですが。
ただ、災害かのように、その島は消滅したそうです。
一瞬にして燃え上がる孤立の島。
それ以来、世界各地では魔術の不調が続いている、とは。
流石に田舎町の私でも知る範囲の話でした。
実際、街を訪れるたび、どこぞの浄化術式が治らんだとか、火の術式が作動しないだとか。
そう言った話、嫌でも見かけます。
まあ辺境の地に住む私にはあんまり関係のないことでした。
知らんぷりです。街のこと。
私たちを知らんぷりする街のように。
とは、詩的な表現ですね。
ガンスルーというよりは。
忘れられているだけの私たちでした。
閑話休題。これあってるんですか?
二度目の正直。くどくありませんか?
◇
そんな魔術師様たちでした。
とはいえ、フットワークは羽根のように軽い。
田舎の街を訪れていたのも、術式を直しに来た、というわけでした。
誰かに頼まれたわけでもなく。
自主的に、できることをしに来た旅なのだと言います。
ああなんて立派な志!
なんていうと、わざとらしくいやらしいのでしょうか。
いいえ、ちゃんと心からそう思うのです。
魔術師、もっと偏屈でかちこちのイメージがありましたから。
昔は何せ、塔に集まってせせこましく活動していたのだと言います。
実際、今もまたその傾向があるのだと。
キオルズカさんは話してくれました。
「…けどね」
「ぼくには、そういうの向かないからなあ」
町で働いたか、教えるか、直すか。
そうやって夕方あたりには戻ってきて、談笑の時間。
キオルズカさんは話好きのようで、私と良く話してくれました。
眼鏡の奥は優しい緑色をしています。
穏やかな声は、落ち着いていました。
ハニーイエローの髪。鮮やかでした。
私が知る限りは、この2人のお客様が1番滞在期間が長かったのですが。
長いもので、かつキオルズカさんは話好きですから。
よくお話ししました。
他にのめり込むよう話す人もいませんでした。
パパンは気に食わなさそうな顔をしていましたが。
まあ、その顔もだらしなさの間に沈んでいきます。飲んだくれへ戻るという話です。
「そういうのが向かない、とは」
「どこか1箇所に足を置いておくことだねえ」
「例えば、拠点を持つことですか?」
「ああ、そうだなあ。そういうことだねえ」
なんてことはなく、一対一で緩やかに対話は続いていきます。
もう片方の魔術師、キォーズさんも大抵は同席はしていますが、ああ、だとか、うん、だとか、そういう曖昧な相槌が多いのです。
そう言った人だと、キオルズカさんは苦笑していました。
“それが改善、できたらいいね。”
その意味を私は知らずにいます。
きっと話すことでもないのでしょう。
長く滞在しているからとはいえ、永遠ではありません。
久しぶりに、まともに人と話しました。
そんな気がしました。
そんな気がしています。
「私は…」
「ここにずっといるつもりですから」
「それは勿体無いなあ。…」
キオルズカさんが片目をつぶります。
頬杖をつき、私を片目で見ていました。
時折そのような仕草を見せます。きっと考え込むときのポーズ。
「…」
「きみにはねえ、いろんな可能性があるね」
「それをここだけにとどめてしまうのは勿体無いと思うなあ」
勿体無い。
はて、と首を傾げます。
勿体無い。
何が勿体無いのでしょうか。
そも、買い被りすぎでした。
確かに私はいろんなことができます。割と器用な方です。
鍛えられているとも言います。
自立スキルは有頂天。
──だからと言って、どこにもいくつもりもありません。
「……」
「私の夢です。ここの酒場の再興は」
だからと言って、何かできるかと言われれば。
初めからの負け戦。何かするつもりもなく。
わかってるんですけどね。
街中で宣伝するとか。あちこちに行ってみるとか。
そういうことをするの。小さな固定客から狙うのはきっと賢いやり方なのでしょう。
「ですから、ばばん、とこちらで頑張る所存」
こつこつ、地道に。
怠惰、というわけではなく。
意味がない、と足踏みする。
街の中にも酒場があり、わざわざこちらまできても目玉がない。
パパンの働くところ。みるのは夢のまた夢見たいです。
そも、アルコールに溺れている人間が、真正に引き戻すこと、可能なのでしょうか?
まずはそこからです。ファイティン!
難しい問題でした。
ママン早く帰ってこないかしら。
先行する意識は、いつだって挑戦の邪魔をします。
ああでも。これは、怠惰ではなく。
「かつて栄えていたように」
「そんな景色が、見てみたい」
──穏やかな諦めでした。
そんなものは、ない。
「…まあ」
「今も満足さんです」
「しかしお客様が来ないのは不満足」
「さらによりよくを目指します」
──だからと言って、どこにもいくつもりもないのです。
勿体なかろうと、穏やかな諦観に抱きしめられていようと。
私は、どこにも行けない。
どこかに行けるのは、強い人の特権です。
魔術式を編み、自由に作れるわけではない。
剣なんてものを振るう力もない。
力があるから外を歩ける。
どこか遠くへ、なんてバッドエンド直行便だとは思います。
ここには魔物はいなくなりました。
世界から魔物は少なくなりました。
グッドラック!
引けなかったら、終わりです。
ジ・エンド。
死にたくないので、安泰を選んでいます。
大抵はそう。私もそう。
だから叶わない夢を夢想して、まどろんで空想とたまに遊びます。
それでも、ほどほどに楽しく生きていますよ。
これは本当。
これが満足。
“──少女の生存戦略は。
傍観することでできていた。
自覚症状は無し。
ただ、一定で生きている。”
これが満足です。
…
酒場は栄えた方が、嬉しいですけどね。
ずいぶん幼い頃に見た景色の再現を。
歌が響き、会話が響き、美味しい料理の香りと、酒の陽気さ。
暗い中、魔術式常夜灯が月の代わりに店内を満たしている。
夜はどこまでも続くようでした。
それに心が躍っていました。
その雰囲気が好きだったのは確かです。
淡い遠くの思い出であり、戻ることもない。
──それが戻ってきたらいいなあ、と。
薄っぺら一枚。燃え尽きかけの、燃え尽きることもない、思いの欠片でした。
「…………」
コルキォズさんは。
ぽつりぽつり、とこぼした私の言葉を。
苦笑いして、やっぱり聴いているようでした。
眼鏡の奥は微笑んでいましたが。
残念そうにも見えました。
部屋の中は常夜灯で満たされています。
ああ、だから楽しいのかもしれません。
賑やかは程遠く。
しかし、人がいる。
「……」
「まあ、勿体ない、とはぼくの感想だ」
「きみは、君の好きに動くといい」
変わらない穏やかな声色をしていましたから、はい、と私も安心して頷きましたが。
続く言葉は。
「ただ忘れないでね」
「その夢を本当に叶えるための道行は、たくさん転がってるよ、きみには」
「……」
「諭されていますか?」
あはは、とキオルズカさんは笑いました。
そんなことないよ、と首を振ってから。
水を一口含まれました。
含まれて、飲み下して。
「………」
「じゃあ、そうだな」
「ルディちゃん、暇でしょ、いつも」
「開幕ど失礼な発言。流石の私も涙目です」
「前言撤回するね。手が空いてることが多いでしょ」
「微妙な言い回しですが、グッド。訂正されていますなら」
「はは。…」
「魔術を。教えてあげようか」
「…ほう」
魔術師からの直々のレッスン 。今後の機会でないことでしょう。
実際、私は魔術を使うのは下手くそでした。
ろくに呪文を習っていないことが多いのでしょうが。
ですから、願ったり叶ったりです。
そうしたら、きっと──
ただ、ただ、それ以上に。
なんだか、その目の奥。
真面目なおにあった、真剣な目。
隣のキオルズカさんはその顔を見て。
若草の瞳は動き。私を見ました。
ああ、何か閃いたのだろう。
そう察するように。
「きっと損はさせないよお」
「……」
損はしない。タダは好き。
なら、ぜひ。
◇
ああ、だから。彼が、彼らがさった後も、やっぱり、先生として慕っているのです。
キオルズカさんが教え、キォーズさんが実践をする。聞く、みる、覚える。
夜の特別授業。おかげさまで、自由に、魔術は。
「…………」
頬杖をつきながら思っています。
いつかきっと役に立つ。
ここからでないと言った上で。
まるで未来予知のようだった、と。
今更ながら、思うのです。
◇
「………」
男2人。宿を出る。
少女が手を振るのを、2人して振り返しながら。
眼鏡の男は、ポツ、と言葉を口にした。
「………」
「キォーズ」
「……ん。…なんだろうか」
背の高い男は、それにあった低くこもった声で返事をする。
目線を向けた。
目線があった。
「……」
「きみならできるよ」
断片的な言葉だった。
告げられたことは。
人繋ぎにもならない。
弱々しい、エゴの応援。
「騙されないようにね」
それから、結びの言葉だった。
当然、背の高い男はわかることはない。
背の高い男はただ、知っていた。
この眼鏡の魔術師は。
時折、違う視差で、遠くを見ていることを。
先を。
──未来を。
「……」
わかった、と。
わからないことに返事をして。
──そうして、彼らの話は一度、ここで終わる。