言葉に詰まった。
自分の存在に価値なんて、何一つ無いように思えた。
胸の中で、小さな棘がささったようになって、呼吸が浅くなる。
価値なんてないと悟ると同時に、
何も欲しくないし、何も要らないと気付いた。
持ち物やおカネ。立場に、能力も。
……生きるための身体のパーツにいたるまで。
望まれれば、誰にだって何だって差し出してよかった。
僕にはもう、要らないモノだったから。
うぅん……と、苦しげな声を上げながら、腕を組んで。
真っ白な天井を見上げて。

「でも、そうだね…… 1つだけあげるとしたら」
──彼との想い出だけは、自分の心の宝箱の中に大切にしまってあって。
消えてしまうことが無いようにずっと抱き締めていたかった。
開ける度に指を切ってしまうような、そんな宝箱。
それでも、手放せなかった。
──心の中にある箱には。
重ねるとわかる、僕より少し大きな手
光を反射して亜麻色に輝く髪
ネロリのような、甘く蕩ける香り
酒に焼けてしまい、濁った低い声
育ちの良さが伺える、美しい所作
眠るときだけ世界で一番穏やかな顔をするキミ──
それらが丁寧に詰め込まれていて。
全部、全部、僕だけの、虹色のガラスにしていたかった。
僕はそれら全てを愛していたし、他の誰にも渡したくなかった。
それを伝えたとき(愚かにも伝えずに居られなかった)
彼は目をまるくして。
そのあと、少しだけ悩んで。
聞いたことのないような明るい声と
花が咲いたような笑顔を向けて。
「いいよ」
とだけ、こたえてくれたのを覚えている。
(その前に、しょーがないにゃあ〜 とか、どこかで聞いたようなワードが入った気がする)
(彼のそういう、戯けたところに僕は惚れていた)
そして無邪気にその言葉を信じていた。
信じるほどに胸を裂いたけれど、気づかないフリをしていた。

「頭が、いたいな……」
ソレを思い出そうとすると、やはり頭が酷く"いたむ"のだった。
痛み、傷み、そして悼むのだ。

「……僕のコトが大切なら、夢の中にくらい、でてきてくれたらいいのに……」
もし彼が■■■いたら、僕はきっと
「自分には価値がある」なんて思わなかった。
失われて初めて、奪い返せない温度が価値になった。
──会いに来てくれないのは
もう僕を必要としていないから?
それとも、僕がまだ手放していないから?
思考は泡になって溶けていくようで。
僕は必死にその泡を掴もうと藻掻いていた。
彼の姿が思い出せなくならぬように。
手のひらの中に、ほんの少しだけ残った空気を吸うような
息苦しさの中、僕は目を伏せた。
浮かび上がる愛しい人の姿は、今にも夏の日差しに溶けていきそうだった。
…
……
………
……
幾一、ねえ
どこでしあわせになっててもいい
僕はもう、しあわせになれなくっていい
だから 必ず笑っていて
キミのことを忘れられない、想いながら自分の胸を刺してる、こんな僕を見て、それで笑ってくれてもいいから。
ただ、それでも。
忘れられない僕がここにいることだけ、どうか、どうにか、知っていてほしい。
応えてくれなくてもいい。
わかってる。多分もう、触れられないこと。
それでも"いたみ"に触れる度に、心の中でキミが揺れる。
それはまるで夏の陽炎のように。
キミが選んだあの夏の「終わり」が──正しかった。と証明するために……
僕は今日も"いたみ"を抱えたまま歩いている。
割れたガラスはまだ虹色で、僕を傷つけるけれど、美しく輝いている。