まただ。
白い部屋。
ひとつだけ置かれた椅子。
どこにも影がなく、どこにも出口がない。
フェルヴァリオは眉間に皺を寄せる。

(……絶対おかしい。弟が悪戯したか、もっと妙な力か。
この“繰り返し”は自然じゃない)
ため息をつきつつ椅子に腰を下ろすと、今度は黄色帽の少年ではなかった。
境界の向こうに、体育座りをした女がいた。
白い服。
長い髪はひとまとめに結ばれているけれど、その様子はあまりに気怠く、
“重力に従うだけ”のようなしなだれ方だった。
彼女は、ゆるく顔を上げてリオを見る。

「……えー……なんか居るんだけど。どゆこと?」

「あー……まあ……ども。
名前とか……あー…じゃあ、シロでいいや、この部屋白いし。」
声すらも伸び切ったように重い。
そしてフェルヴァリオを眺めて、ぼんやりした表情のまま、

「君は……じゃあクロ。なんかぼんやりしてるし」」
まったく悪気はなさそうだった。
ただ、事実をそのまま投げたみたいな口ぶり。

「クロ……?」
と呟きながら困惑した顔を隠せないフェルヴァリオ。
シロは伸びをするように小さく声を漏らし、

「……こーいうのって、なんかあったよね。
白い部屋に閉じ込められて……なんか……出られない部屋的な?
初対面でこんなんされてもおもんねー……」
あきらめを抱いた声音で続ける。

「なんかこの白さ落ち着かねー……、
内側をざわざわ触られてるみたいなー……。
なんでこんなとこにウチら集められたんだろ。おもろい話なんてできねーっつの……」
嘆息ひとつ零した後、白い部屋の隅の方に目を遣って、女はぼやく。

「まー……夢ん中……なんかな。何話してもいいっちゃいいのか。
クロだってウチの無意識が作った偶像みてーなもんかもだし……
返事返って来るかもわかんねーし、適当こくか」
シロは、ほんの少しだけ視線を戻し──

「クロはさ、生きる理由とかって何だと思う?」
白い部屋に、その問いだけが異様に生々しく響いた。
フェルヴァリオは、シロの問いを反芻した。

「生きる意味って────」
言いながら、手を動かす。本能のように。
焰を指先に灯し、部屋の構造を“読む”。
錬金術的な式を組んで、壁に触れ、因子を分解しようとする。
……だが。
ぱち、と音がして焰は霧のように散った。
“何も変化がない。”
魔素の流れも、素材も、世界の骨組みも感じ取れない。
まるでこの部屋そのものが“存在していないような”空虚さ。
フェルヴァリオは目を細めた。

「……まあ、こういうことだろうね。」
シロは、膝を抱えた姿勢のまま、
天井を見上げるでもなく、床を見るでもなく、ただ宙の一点をぼんやりと眺めていた。

「別にさ、生まれた時点で
“生きる意味”とかいらねーとは思うけど」
口調はだるいのに、その内容だけ妙に鋭い。

「でもさ、あった方が実際嬉しくない?
豊かっていうか……なんつーか」
指先で自分の髪の先をつまんで、くるくる回しながら続ける。

「生きる理由ってより人生の目的……って言う方が正しいのかも。」
フェルヴァリオは、少しだけ眉を寄せた。
人生の目的──
ヴリトラとして世界から期待される“強大さ”。
その定義の中で生きてきた自分を、どこか客観的に見つめ直すような気分になる。
気まずさと、ほんの少しの戸惑い。

(……そういう風に考えたこと、あっただろうか)
シロはフェルヴァリオをじっと覗き込む。
その視線は、答えを求めているようで、ただ誰かと共有したいだけのようでもあった。
そして、フェルヴァリオに向けて、重そうなまぶたを少しだけ持ち上げる。

「クロはそういうのあんの?
ウチも生きる理由っての──拾えるもんなら拾いたいんだよね。
……皆目的に向かって歩いてるのに、
ウチ一人だけ足を止めてる気がして、怖いからさ」
部屋は白く、空気も静かで、
逃げ場がないほどに真っ直ぐな問いだけが残った。