Chapter01-02

記録者: マリネッタ (ENo. 75)
Version: 1 | 確定日時: 2025-11-30 04:00:00

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「……」

あなたの回答を──若しくは無回答を聞き、
ソレは少しじっとあなたを見詰めていた。


  ──カシャ


それから、また先にあった音が一つ。
撮ったものを確認するような間の後、深々と頭が下がった。

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「観測結果が不明瞭です。
 当機からはあなたの言葉を完全に受け取る事は難しいようです」

どうも椅子の〝こちら側〟と〝あちら側〟では具合が違うようだ。
あなたの言を確実に受け取れているかは、あちらもこちらも分かり得ないだろう。

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「では観察対象、続けましょう」


されどコレにとっては断片でも構わないのか、きゅり、とまたレンズがあなたを向く。


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「環境データの取得。あなたの属する世界を説明してください」

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「あなたの世界では、“普通”とはどのような状態を指しますか?」


──あなたは、異世界の存在にあなたの世界のどのように説明しますか?


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「当機の世界にはこれと言って特徴があるとは考えられません」

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「当機は異世界に対する情報を持ちません。
 よって、何が特色であるかを判断するには情報が不足しています」

──基準や比較対象が無ければ、世界の比較とは難しいものだろう。
自らの世界に当たり前に存在しているものが、他の世界では存在しない可能性すらある。
自らの視野では存在しないものが、世界の中には存在している可能性だってある。

つまりは、この質問は不毛なものではある。
……比較対象が無い限りは。


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「──あなたに回答していただくためには、
 当機の世界を説明せねばなりません。
 よって当機は、平均的な一般家庭の生活環境についてご説明致します」


もしあなたが回答に窮しているのであれば、
オブザーバーの言うものを参考に、比較して述べると良いのだろう。

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「朝9時に出社する方は、平均して朝7:22に起床致します。
 家事仕事用の自立稼働人形が6時には稼働を開始しており、
 起床し着衣を着替えた後には朝食を摂取する事が可能となります。
 起床から出勤までには平均28分31秒の時間が経過しています」

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「出勤には電車やバス──公共の車両を利用する方、
 運搬用人形を利用する方ほか、徒歩で出勤する方など様々です」

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「……コンプライアンスに基づき、出勤後については
 当機から申し上げる事は出来かねます」


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「7日を一週間という単位にし、
 うちの4日が平日、うちの3日を休日と制定されております。
 居住する地は球体の惑星、衛星は現在1つ観測されております。
 衛星及び他の惑星の生活様式については当機のデータベースには御座いません」



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「……以上の内容は参考にする事は可能ですか?」



……とはいえ、此れをなぞらえる必要も無い。
あなたの自由に回答してよいだろう。

Answer
 
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「その音、不快だわ」

そんなことを口にする割には、姿勢は美しさを保とうとする。
無意識。シャッター音に合わせて身を動かしては、レンズへと視線を向けて。
どういう角度で、どう撮られるのが最適か、理解しているかのようだった。

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「……はあ」

こちらもまた、先ほどと同じようなため息をこぼす。
観察対象と呼ばれれば、露骨に顔を顰めて。このまま黙りこくったっていいのだけど。

現状、どうしたらこの場所から出られるのかがわからない。
何かしらの行動がトリガーになるのなら、アクションを起こさないのはむしろ都合が悪いか。
常々苛立ちに飲まれ不機嫌そうな女であるが、頭の中は意外にも、至極冷静でいる。

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「こちらも概ね、アナタの世界と変わりない」

特段やることも思いつかないし、無言で見つめ合うのは気色が悪いし。
だから、答えてやることにした。記憶の中の、綺麗そうな部分だけを慎重に切り取って。

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「ただ、自立稼働人形とやらはいないかも。
 人間が起きて、朝食を用意して、食べて、出勤して、仕事や学業に取り組むの。
 あと、休日は2日かな。私は3日の方がいいと思うけれど」

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「仕事に就いている者は会社へ。
 義務教育を終えていない子供は学校へ。
 それぞれ家庭があって、暮らしがある。それが――普通」

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「もちろん、これらは一般的な人間が考える標準。
 変な産まれの者もいるし、これが普通にならない例もいくつかある」

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そもそもあの男も私も、普通からは逸してるのよ……

一拍置くように、再びため息。

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「はい……それで、聞き返すけれど、何か参考になった?」

何かを断ち切るように言葉を区切り、投げ返す。
強引だが、言葉のキャッチボールに応じる意思はあるらしい。

……とはいえ、この無意味なお喋りはいつまで続くんだという疑問はある。
仮にこの問い掛けが100まで続いたら、いよいよ発狂するかもしれない。
そうして暴れた末に、対面のレンズが割れないことを祈るばかりである。