Chapter01-04

記録者: ウィルフレッド・メイフィールド (ENo. 13)
Version: 1 | 確定日時: 2025-11-30 04:00:00

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「では観察対象。それを踏まえて、次の問いです」


シャッターは下りないまま、
ただピントを合わせるようなジジ、という小さな音だけが聴こえてくる。

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「あなたの価値観を測ります。
 ──あなたにとって譲れないものは何ですか?
 自由でしょうか、信頼でしょうか、愛情でしょうか、それとも秩序でしょうか 」

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「その理由も含めて説明してください。
 対象や状況が変わった時、
 あなたの答えはどのように変化するでしょうか?」


──あなたは自らの価値観をどのように認識していますか?

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「譲れないもの、とひとえに考えても即座に思いつかぬ場合もあるでしょう。
 自由、信頼、愛情、秩序、誇り、忠誠、知識……無数の選択肢が考えられます。」


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「当機は観測を第一義として設計されています、
 どのような思考をせど、必ず『観測』という目的を前提に持ちます。

 これは精神的価値としての『誇り』や『忠誠』とは異なります。
 しかし、機能としての観測が揺るぎ得ない前提であるという点では、
 それらに類する不変性を持つと言えるでしょう」


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「思考の前提、当然と感じている事、
 それこそ、先の思考を組み立てる際に自らが重視したものを改めて噛み砕くと良いのやも知れません」


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「回答は単一である必要はありません。
 譲れない価値の間で揺れる感情や葛藤も、重要な要素です。
 必要に応じて検討を続けてください」

Answer
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「ふむ、そうだな……。
 僕は問題を解き明かす仕事をしているから
 よく秩序や正義あたりを準拠していると思われがちだが……
 実際、僕はその辺りを第一として捉えてはいないのだよ。」

秩序や正義に傅いているわけではないと男は首を横に振る。
彼は何かを解き明かす者であって、何かを裁く者ではなかった。

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「簡潔に言えば……疑う事が思考の前提だろう。
 まあ、君の観測が第一義、と同じようなものなのだよ。」
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「誰がこのような事を起こしたのか?
 どうやってこんな事を成し遂げたのか?
 そして何故このような事をするに至ったのか?」
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「僕はこれらを明かすべくあらゆる事を疑って生きている。
 こう言うと、あまり良いイメージは抱いてもらえないがね。」

やれやれ、と彼は肩を竦めた。
疑うと言う言葉はネガティブな印象を与えがちである。
故に、このようなスタンスが好感を得られることは少ないのだろう。

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「君は観測をする為に造られたものだという話だから、
 いまいちピンとは来ないかもしれないがね。
 人間の思考は簡単な印象でロックがかかってしまうものだ。」
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「初めて会ったときに優しくしてもらえたから、
 この人はあまり良い噂を聞かないから……
 自分自身が直接見聞きしたものではなく、他人からの
 伝聞でもその程度の言葉で"あの人がこんなこと、
 あの人ならきっと"という安直な考えに囚われてしまう。」

男と対話をする相手にはそのような経験はないのかもしれない。
観測をする為に存在するものにとって、
自分が好きではないからこれは観測しない、
などという考え方は理解できないだろう。
しかし、男と彼と同じ種族にとって
そう言った考えはごく自然なものだった。
好ましいから良い印象を語る。好きではないから悪い印象を語る。
偽証するつもりなどなくとも、印象の違いから語る内容が変わってくる。
男曰く、それが当然であるから厄介な事でもあるとのことだった。

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「好ましい人物であるというフィルターは時に思考を曇らせる。
 明らかに怪しい言動も、見るからに不自然な行動も
 "善いものだった筈だ"と頭の中で勝手な改変が巻き起こる。」
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「そして、嫌いな人物であるフィルターもまた同じ。
 優しげな言葉も、全く問題のない行動も
 "悪いものだった筈だ"と改変が起こってしまうこともある。」

好きも嫌いも、どちらに寄っても思考は偏ってしまう。
そんな状態のまま何かを解き明かすことは不可能だと
男は再度首を横に振った。

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「だから僕は物事を眺める際に疑わなければならないのだよ。
 例えそれが自身の中にある感情だとしても、だ。」
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「相手のことを好ましく思っているが故に
 思考が曇っているのではないか?
 または嫌ってるが故に決めつけてはいないか?
 疑わなければ見えないものがある。」
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「最も大切なのは自分や周囲が解き明かした結果
 より良い気持ちになれるか、ではない。
 隠された事象を全て暴き出して白日の元に晒すことなのだよ。」

だからこそ彼は秩序や正義の下についていないのだろう。
解き明かす事が全て正しい結果を招くとは限らないからだ。
知らなければ良かった結末というものは、
恐らくどのような世界にも散らばっている。
しかし、彼はそれを残酷なことになろうとも陽の元に曝け出すのだろう。
それが男にとっての天命であり、信念であるから。

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「ただ、こう言ったことを説明すると
 僕は誰も信じていない
 猜疑心に囚われた男だと勘違いされてしまうがね。
 そんなことは全くないと断言させてほしいのだよ。」
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「疑うことと信じることは同時に存在しうる。」
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「盲目的に信じることはその字の通り
 相手を見ていないことに等しい。
 相手の言葉を何もかも素直に飲み込んでいては
 対話にもならない。」

相手に疑念を向けるということに否定的になるものも多いだろう。
無条件で全てを信じてほしいと思うものもいるのかもしれない。
けれども、そんなものは”信じる”という行為から最も遠いものだと彼はいう。

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「思考を停止させて浮かぶ感情など何もないのだよ。
 我々は知能を持ち、何かを行うのにも
 頭を常に働かせているのだからな。」
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「そもそも、
 疑うという行動が全て否定的な結果に繋がるとは限らない。
 そして、
 信じるという行動が全て肯定的な結果に繋がるとも限らない。」
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「よりどちらの行動が正しいか、
 なんて白黒つける必要もないがな。
 僕は誰よりも優れた頭脳を持ってあらゆるものを疑う事で、
 あらゆるものを信じる事ができるのだよ。」

疑う事、それはある意味では考えるという事。
誰よりも優れた頭脳を持ち、
それを働かせる事が自身の天命だと語る男にとって
そうある事が何よりも誠実な……信じるという行動になるのかもしれない。
終わりなどないような思考の積み重ねこそが彼にとっては愛なのだろう。

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「……あとは、そうだな。
 最後にもう少しわかりやすいものでも言っておくか。」
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「僕にとって甘味は絶対的に外せないものだ。
 何があろうが絶対に1日最低でもひとつはケーキを食べる。」
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「でなければ死ぬ、と言っても過言ではない。
 それほどまでに僕は甘味に取り憑かれていてね。」

くるり、と今までの知的な雰囲気が覆る。
彼と対面するレンズには楽しげな男の姿が写っているだろう。

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「ここでの対話でも茶と菓子くらい出してほしいところだが
 ……君に文句を言っても無意味だから仕方がない。」
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「しかし昨今は1日のご褒美に、と
 スイーツを楽しむ者も増えたからな!
 味も質も格段に上がり始め
 実に素晴らしい甘味にありつけるようになってきたのだよ!」
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「君のところで流行のスイーツなどはないのか?
 できれば事細かく教えてもらいたいものなのだよ。
 ここから帰った際に贔屓にしてる菓子店に情報を共有して──」

皿に乗せられた甘味に目を輝かせる子供のような雰囲気で男は語る。
1時間、2時間……もしかしたらそれ以上の時間をかけて。
唯一幸いなのは彼の対面にいる者は
うんざりとした表情ができないことだろう。
おかげで男の機嫌が損なわれることなく甘味談義は一方的に続いていた。