
「いや、わかるだろ
さっきの話を聞いてりゃ俺の譲れないものくらい」

「あー、ごめんちゃんと俺の話聞けてるかわかんないんだっけ?
それに観測する事だけが仕事のお前には考える事は難しいか」
ほんの少し、青年は苛ついたような声を発した。
どことなく対話相手に嘲笑が混じったような態度をとっている。
心の底から相手を侮蔑するような意志はないようではあるが、
あまり快い態度とは言えないだろう。
すっかり態度を変えてしまった青年は軽く息を吐いた。
じっと翠色の瞳がガラスの無機質な瞳を見据える。

「弟が幸せになれるかどうか、だよ」
「何かを考えるのも、何かしようと動くのも
全部俺の弟が幸せになれるかどうかが関わってくる」

「自由だとか信頼に愛情……あとは立場、とか?
そういう俺自身に関連するものは全部どうでもいい」

「お前が観測を一番に行うのと同じで
俺は弟が幸せに生きられるかどうかが一番なんだ」
ふざけて適当なことを言っているような雰囲気はない。
寧ろ、どんなことがあろうともこれだけは譲らないと、
宝物を守ろうとする獰猛な竜のような威圧感があった。

「馬鹿みたいって思うか?自分がどう生きたいかより、
血を分けた兄弟とは言え他人に一番を譲ってるなんて」

「でもな、俺は本気であいつさえ幸せになってくれれば
後はどうなっても良いんだよ」
今度は自分に向けた嘲笑を青年は浮かべる。
自分自身の考え方を異常だと感じているのは、
恐らく自分自身なのだろう。
それでも彼は譲れないものとして弟の幸福を設定した。
どんなことがあろうとも、そしてどんな手段を用いようとも
弟の幸福だけは必ず齎してみせると翠色の瞳が燃える。

「誰にも、あいつの幸福の邪魔はさせない」

「クソみたいな大人たちにも
……良い子でいてしまうあいつ自身にも」

「あいつが心の底から笑える未来を俺は望むし、作るよ
その過程で俺がどんどん歪んでいっちゃったとしても」
少し視線を下げて青年は己の手のひらを見つめる。
何も知らないような、無垢な手のひらではなかった。
年の割には武骨であり、それでいて上手くやろうと
目立った傷ひとつない手のひらだった。

「……弟と俺は双子だから、見た目はそっくりなんだ」

「俺とそっくりな姿をした、
まるで鏡の向こうみたいなあいつの生きる世界がさ」
「幸せだったらまるで俺も幸せなんじゃないかって思えるんだよ」
青年と弟は瓜二つであるようだ。
彼が見つめ続けている手のひらも、
もしかしたら弟と似ているのかもしれない。

「あいつが幸せであることが俺の救いにもなるんだ」

「だから、それだけは譲れない……
それがなくなったら俺は……」

「…………。」
言葉を切って、青年はどこか遠くを見つめはじめた。
それ以降新たな質問が投げかけられるまで彼は黙ったままだっただろう。