Chapter01-03

記録者: ローエングリン・サリア (ENo. 60)
Version: 1 | 確定日時: 2025-11-27 04:00:00

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  ──カシャ


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「記録しました。有難う御座います」

言葉と共にシャッターが下りる。
たとい先のあなたの言葉がどのようなモノであったとしても、
コレは変わらずこの言葉を吐いたのだろう。
どれだけ荒唐無稽な事を言おうと、無関係な事を言おうと、
静かで落ち着いた声は、波打つ事が無い。

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「観察対象、次の情報を取得します」

冷たいガラスのひとみが、あなたに次のトイカケを差し出した。

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「──次は簡単な思考実験を行います。
 あなたの目の前に一人の人物がいるとしましょう

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彼は明らかに困難な状況にあり、助けを求めています。
 しかし、助けるとあなた自身に損害が生じます


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──あなたはどう行動しますか?
 理由や、其れに至る思考回路を開示してください」


──あなたはこの仮定にどう回答をしますか?

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「当機には質問と観測以外の権限を持ち得ません。
 従って、この人物を助けることは不可能です」


何とも思考実験のし甲斐の無い回答ではある。
流石に此れでは回答例として参考にならないと思考したか、
継ぎ足す様に次の言葉が繰り出される。

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「この問いを考えるにあたって、あなたは複数の要素を考慮する事になるでしょう
 自らの能力、損得勘定、社会倫理、共感性、恐怖心、
 過去の経験、未来への予測、その他不確定要素……
 どの要素に重きを置き、判断するかを考えると良いでしょう」


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「思考の順序、葛藤、迷い──それらも重要な要素です。
 『まず相手の安全、次に自己の損害への憂慮・保身行為、最後に社会的評価』等の様に、
 優先順位及び時間軸での解釈の変遷は実に多様性に富むものでしょう」

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「また、其の人物が『何者であるか』も重要です。
 幼子であるのか、年長者であるのか、あるいは敵対する者か、見知らぬ存在か、親しい者か──
 立場や関係性によって、きっとあなたの判断基準は変化します。

 それらの場合でもまた、此の状況を考えてみてください」



Answer
「あ、僕からの問いには答えてくれないんですか」

 一方通行にも感じられるコミュニケーションに、ローエングリンは明確に警戒心を抱いた。
 自分からの発言以外に気を留めない仕草に覚えがあったのだ。上位存在と自認する生物にたまに見られる特徴だった。彼が小さな村の小さなお医者さんになる前は、そういうものと縁がある仕事をしていたので、当時の空気を思い出して否応なく緊張してしまう。
 とはいえ、今は完全に手ぶらで対抗する手段がない。生きて帰ることを最優先とし、害意はありませんという顔を続けて、質問に答えながら機を伺うしかなかった。

「助けるかどうか……。こちらが受ける損害にもよりますが、基本的には助けます」

 ローエングリンは、きっぱりという音ではっきりとそう答えた。

「医者になる前にしていた仕事が……ざっくり言うと人助けすることでして。
 医者も人助けといえばそうですが、それとは別の手段での人助けです。
 そのときに所属していた団が、信心深いとは少し違いますが、自分のものではない良心に従っていたんです。
 遠い昔にいたとある素晴らしい女性に倣い、『彼女ならそうするはずだ』と、彼女の良心を行動基準にしていました。
 僕はもうその団には所属していませんが、その考えが好きだったもので、今もそれに従うことが多いです」

 流石に自分の命と引き換えに……とまでは行きませんけどね、と笑って言葉を終えた。