
優希
「?なんだ、まだ続きがあったのか」
あるならそうだと言ってくれればいいじゃないか、なんて軽口を舌の裏にしまいながら、投げかけられた質問を考える。

優希
「…譲れないもの、ね…」
さっきのを踏まえて、というのはよくわからない。
譲れないもの…と大きく括るなら色々あるが…多分、こいつが言っているのは、その中でも、出来れば特に1番譲れないもの。
一つずつ考えていくとしよう。
まずは、研究者らしく行こう。研究だ。…正直、私にとって研究は一つの手段でしかない。除外だ。
あとは、研究仲間達。これも………大切に思う人はいるが、譲れないか、いなくてはならないかと聞かれれば全くもってそうではない。もちろん除外だ。
次に、このカメラ頭が質問してきた時に聞いてきたもの。
自由。確かに自由は欲しいが…縛られていてもさほど私にとっては苦痛でもなんでもない。除外だ。
次に信頼。信頼できる相手がいなくなった今、譲れないようなものではない。
ならされる関係ならどうだろう。……確かに必要ではあるが、譲れないほどではない。除外だな。
次に愛情。注いでくれる人を失った今、飢えているかと言われれば全くもってそうではない。生活する上で愛はもちろん必要不可欠だが、譲れないかと言われるほど重要ではない。除外。
そして秩序。確かに秩序は保たれなければ上下関係は崩れてしまう。だからと言って、それが崩れたとして、困り果てるほど力がないわけでもない。譲れないかと聞かれればこれはそうではない。これも除外。
なら、私の譲れないものは何か。価値観とは何か。
状況や対象が変わった時、それがどうなるか。とも彼は言っていた。
正直、変わる気がしない。そもそも譲れないものを持っているかすらあやふやな今、それがどうなるかすらもふんわりとしている………
…………そうだ
……いま…今ふと、一つだけ、譲れない…いや、
譲れなかったものを、たった今思い出した。

優希
「…そうだね…一つだけあったよ。譲れない…もの。……それは、」

優希
「…………大切に思っていた人との……変わらない、小さな日常を、過ごせること、が…私の…………」
他人なんか、心底どうだっていいのだ。ただ大切な人たちと日々を過ごせれば。
朝起きてコーヒーを淹れたり。
朝ごはんがちょっと豪華な日は喜んだり。
何事もなく楽しくおしゃべりしたり。
夜に、少しだけ悪くなったような気持ちで、遊びに行ったり。
忙しい時は泣き言を言ったり、
暇な時は文句を言ったり。
そんな、あるはずだった、何事もない日常。
そういう日々を、大切な、誰かとまた、過ごせたら、なんて。
思うのです。思ってしまうのです。もう戻ってこないあの日常を夢に見て。

優希
「………………」
あの日、あの時、あの瞬間、全てが壊れてしまった。
失いたくなかったものを、一度に全て失ってしまった。
もう2度と、この手に戻ってきや、しないもの達を。
あの時、一緒に側に居れば。あの時、無理矢理にでも、あの機械から引き剥がせたなら。
ひとつの行動で、未来は変わっていたかもしれないのに、
私には、目の前で起きていた事柄に対して、行動する
ゆうきが、なかったのだ。
私一人で背負うには、あまりにも重すぎるこれをどうすればいいか、私は未だにわかっていない。
ああ…考えがまとまらない。
頭の中がめちゃくちゃになる感覚がする。
脳みそがキャパオーバーをガンガンと響く頭痛で訴えかけてくる。
……そもそも、さっきの答は、質問の答えにすらなっていないかもしれない。きっと私は、無意識にこの譲れないものの中に、大切な人からの『愛情』と『信頼』を混ぜてしまっているのだろう。
だが、正直、この質問に正確に答えることはしなくてもいいだろう。
単一じゃなくていいとカメラ男が言ったように、きっと、誰が聞いても決めきれないものだから。
今はただ、この涙は落ち着きを取り戻すまでは流れ続けると言うことだけわかる。
ならばやることはひとつ。この涙をとめるため…
少しだけ、時間を……。