
優希
「…なるほど、道理で返事がもらえなかったわけか。……そっちの声はこっちには…"聞こえているはず"なのにな。」
これは、あちらの声がこちらにちゃんと届いているかすら不鮮明と言うことになる。本当に向こうにこちらの答が聞こえていなかったかどうかもわからない。
けれども、ここからの脱出方法なんかがわからない今はただ、ヤツの質問に答を返す以外、やることもないのだ。
…それからしばらく、こいつの"一般家庭"の答の後、バトンはまた私に渡された。

優希
「…で、続けるんだ?こっちの言葉が届いているかも怪しいのに?馬鹿らしいな…」

優希
「ま、いいよ、これ以上やることもないし。最後まで付き合ってあげるさ。」
なんて、私はそいつを鼻で笑いながら、質問の続きを思い返した。
普通でない私に普通を聞く。なんとも皮肉なものだな、なんて自分の境遇を嘲笑いながら、それを隠すように私は、早口で説明を始める。

優希
「……で、こっちの世界の話か。普通、を指す、状態…なぁ…、なかなか大雑把なことだな。…なら、まず手始めに種族の普通の話をしようか。ま、どうせ全部は聞こえてないなら…全部話してやろう。」

優希
「まず、私みたいな形だけど、大きさとか、顔の表情なんかも様々な人間って種族が暮らしている。それで…オスとメスがいるな。これがまず、普通の種族の話。」
こいつなんかにオスとメスがわかるだろうか。
…まあ、わからなくても、あのレンズが勝手に記録してくれているのだろうから、関係ないな、なんて思い直して、私は話を次に進めていった。

優希
「んで…世界は、電気と、科学の力で動いている。電気という光があって、電気という動力があって初めて成り立つ世界だ。電気は…そうだね…まあ君らの動力だろうから、ここまで細かく説明しなくてもいいかな?」
おちゃらけたような口ぶりになってみる。けれど、相変わらず返答はない。
…なんだか、この空間で狂っていってしまうような自分がいる気がしたまま、話を続ける。

優希
「そして、人間は、日々学びながらその学んだもの…知識という、それなんかを頭の中のメモリー、…フィルムのようなものだな。それに記録して、成長というものをしていく。さらに、子供から大人になるまでに、時間が経つにつれて体格が大きく成長する。これもまた、種族の中の普通だ。お前らオートマタは体格も変わらないのか?」
少しの疑問をぶつけてみるが、相変わらず返答はなく、奴はただ黙って、艶やかなレンズをこちらに向けている。

優希
「……続けるぞ。そんで、日々生を営み…、…これは、起きて、食べて、働いて、眠ることだな。そっちとほとんど一緒だ。
毎日家で目覚めて、外に行く準備をして、朝ご飯を食べて、出掛けて、働いて。そして昼にもご飯を食べて、また働いて。そして終わったら家に帰って、またご飯を食べて、体の汚れを落とし、眠るんだ。これが、生活の普通。まあ、君たちで言う充電や清掃なんかもこれに当たるかな?」
話しながら、人型のものはなんてレベルの高いことをこなしているんだろうか、なんて思った。
動物達は、巣で起きて、食べ物を探して、巣に持ち帰ったりして食べて、寝る。それだけなのに。
人間は働いたり、体を綺麗にしたり。食事の回数だって多い。動物と違って、素っ裸だと捕まるから服は着たり、着替えなきゃいけないし、環境よりも、常識やその時の状況によってその服の種類も変えなきゃならない。
機械である彼らも、働いている以上、バッテリーは定期的に変えなきゃいけないだろうし、取り替えなきゃいけない消耗パーツだって多いはずだ。そして何より、定期点検なんかもあるはず。これは、メンテナンスする側を経験しているからわかるのだが、おそらく、お互いとても面倒くさいのだ。
しかも、朝も起きるだけじゃなく支度をしなければならないし、夜も寝るだけじゃなく、寝支度だってしなければならないし。
高い知性があると、どうしてこうもやることが増えるんだろうか。
__愚かだな。私は話しながら内心、人間という生物に呆れていた。
というか…ここまで事細かに説明する必要が、果たしてあったのだろうか…。

優希
「そして、だ。今まで説明してきたこの全てが揃って、初めてこっちの世界では、あんたがいう"普通の状態"になる。そちらも同じなのかな?日々学びながら、生活を営んで初めて、だ。なかなかに大変だろう?私もそう思う。なんて普通の水準が高いんだ、ってね。」

優希
「けれど、残念ながらこっちの普通はこんな感じだよ。まあ、尤も、私は…その普通の範疇を超えてしまった人間…なんだけれどね。」
ぽろっと本音が溢れてしまう。
ふと、学ぶことは楽しいと小耳に挟んだことを思い出す。
学ぶ楽しさは、知らなくて初めて成り立つもので、知っているものに対しては発動しない。
お察しの通り、かもしれないが、私は………学んでいないことでもわかってしまって、どんどん勝手に理解が進んでいってしまう。
もちろん、普通はこんなことは起きないって、私もわかっていたけれど、起きてしまっている以上、認めざるを得ない。
本当なら私も、学習して、初めて理解が進むはずだった。けれど、私の脳みそはどうやら、学習、という階段をすっ飛ばして、理解の階段までかけ登って行ってしまったらしい。
私は、学ぶ楽しさを知らないのだ。それって、実に大きな損をしているのではなかろうか。

優希
「………………」
……私に、その楽しさがわかる日は来るのだろうか。
………………来るかもしれない。けれども確率的には、期待するだけ無駄だろう。やめだやめだ。

優希
「これで終わりだよ。次の質問があるなら、どうぞ。」
マイナスな感情に蓋をするようにそう言いつつ、私はまた足を組み直した。