奥底が見て取れないほどに真っ白な部屋。汚れひとつない白の椅子。
目前に至るは撮影機を模したと思われる頭部を携えた自律稼働式の人形。
ひどく異質な空間と状況。その中で、緑のこれはため息まじりに言葉を発した。

「……まずは君自身から話すべきだ、と言おうとしたのだがね。
中々どうして理知らしい。AVA-β09のObserverだな、覚えておく」

「とはいえ……私という個を説明せよ、とは無理を言うものだな。
私は自己を紹介することが大の苦手なんだ。嫌いと言い換えても良い」

「何故か、は言ってやるのが正しいね。なにせ君は観測手なのだから。
情報、知識、知恵というものはあればあるほどに良いものとされている」
……。

「しかしながら、多すぎるのも問題だ。過多の蓄積は時に僅かよりも悪である。
つまりは『過ぎたるは及ばざるが如し』ということだ。分かるかね、撮影機の君」

「私は神だ。故にニンゲンと呼称される、矮小かつ愚かな蛆の心情など分からない。
だが経験則が言うには、ニンゲンは過度の情報で“パンク”するらしいじゃないか」

「だから過ぎたるは及ばざるが如く、だから私は自己紹介が苦手で嫌いなのだ。
私という個を明快に説明するには、ニンゲンの脳はあまりにも脆弱すぎるからな」
……。

「……すまない、少し話し過ぎた。私の悪い癖だ、見逃してくれるとありがたい。
過多は罪であり、能の無い者は話が長いと知っているのだが……治らぬものでね」

「兎にも角にも閑話休題だ。Observe、君は私の識別情報━━名を知りたいのだね?
あいにく君の目的がどうあれ従ってやる必要はないが……手慰みだ、答えてやろう」
しかしこれが自身を自身たらしめるとは俗説的だな、とは嘲笑の声。
ひどく長い左足をゆらりとわずかに上げれば、それを片方の足へと赴かせる。
自身の胴の前で組んだ両腕。高慢らしい態度を見せる。今も観測されているのに。

「━━ 私は知恵の神、ヴァイスハイト。ドイツ語で『知恵』を意味する言葉だ。
尤も、私の名とドイツ語の間にある因果は一般的なものとは逆なのだがね」
今はどうでも良いから割愛する、と。

「こことは━━ “おそらく”違うだろう世界。その世界を創りし創世七神の一柱。
権能はあらゆるモノを“論理”に落とし込む。同僚が駆け落ちして仕事が増えた」

「君という自立人形がその他個体の観測を目的に作られたことは理解しているが、
それと協力の姿勢はまた別の話だと認識している。よろしく頼もうか、Observer」

「……さて、この程度のものでどうだろうか。端的に、不十分に自己を説明した。
本来であるならば更に言いたいことや伝えるべきこともあるが省略させてもらった」

「何故なら━━そう、先程言ったように『過ぎたるは猶及ばない』からである。
故に端折った伝達を今回の命題とした。その結果がこの自己紹介、というわけだ」
……。
片手に持った本を置き、緩慢な動作で懐に片手を入れ込む。
そこからゆっくりと煙管を引き抜いては上へと煙を吐き出した。
自己紹介はこれで終わりだ、とでも言いたげな表情。目の下に浮かぶクマ。
無愛想で偏屈で鬱屈としており、怠惰かつ高慢。この男を適切に表す言葉だ。
……。

「……あぁ、そうだ」

「私を呼称したいのならば、『精神科医』とでも呼んでくれ。
君にとっても私にとっても、そちらの方が都合良いだろうからな」

「それでは改めて、よろしく」