Chapter01-01

記録者: 『精神科医』 (ENo. 186)
Version: 1 | 確定日時: 2025-11-30 04:00:00

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あなたがふと気が付けば、真っ白な部屋に居た。
そこには椅子がひとつ置いてあるだけで、他に何もない。

あなたがその椅子に、座ったとき
あなたは視界の“先”に、誰かがいることに気が付いた。
白い部屋のなか、白い椅子に誰かが、座っていた。


  ──カシャ


何かが擦れるような、もしくは閉じるような音。
その音は対面の椅子から聴こえてくる。

それは────人物と解釈は出来はするだろう。

腕が二本あり、脚が二本ある。
それなりに体格の良さそうな身体に──無機質な四角いかたちが、乗っている。
あなたにその知識があるならば、それはカメラのように見えるだろう。
艶やかなレンズがじっとあなたを見詰めるように据えられていた。


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「……」


……そうしてその状態のまま、暫く。
沈黙に耐えかねてか、将又訝しんでか、あなたが口を開こうとした時、
もしくは、十分すぎる時間が経った後に、声がする。

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「……あなたは私を観測可能ですか?」

男性的な声だ。決して被り物の様にくぐもった声はせず、妙に鮮明な音色。
どこか奇妙な言い回しの後、まるで咳払いをするように、
人であれば口元に当たるだろう所に軽く手を添えて、
それから改まって一つ礼をした。

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「先ほどは不躾に見つめてしまい申し訳ありません。
 状況を把握するため暫し観察を行っておりました」

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「当機は此の場所について説明をすることが不可能です。
 この部屋についての事前情報はインストールされておりません。
 再起動した時にはこの部屋に在りました」


……即ち、この者もまたこの部屋に居る理由を知らないという事だろう。
彼方もまた、この部屋に呼ばれた者の一人……ひとつであるようだ。
現状を確認するようにレンズを左右に向けたソレは、しまいには改まってあなたにレンズを向け直す。
ピントを合わせるようにレンズがくるりと回り、それから頷くように一つ頭を揺らした。

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「観察対象、まずはあなたという存在を記録するための
 初期照合を致します」

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「あなたの識別情報を教えてください。──名前、呼称、あるいはそう呼ばれる理由を」

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「あなたを“あなた”と定義する特徴を」




──あなたは得体の知れない観察者に、どのような自己紹介をしますか?


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「──失礼致しました。まずは当機から情報を開示すべきでしたね」

きゅり、とレンズがまた周り、一拍の間。
まくしたてる事は不信感や警戒を生む事を
判っているからこその故意の間であった。

──あなたは回答せずとも良いのだろう。
コレはあなたを観察対象と認めたようだが、
観察される事を万人が受け入れる訳も無いのだから。



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「当機はAster Visual Automataシリーズのβライン第9号機。
 即ちAVA-β09、通称Observerオブザーバーと申します。」

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「Asterismは情報観測機器を製造する企業ですが、
 中でもAVAシリーズは主に長期観測任務に使用される自律稼働式人形です。
 当機はその中の一つで御座います」


そこまで説明をして、あなたの顔を窺う。
どうも中々ピントが合わない様子で、暫くレンズを回した後。
考えているかのようにまた手をレンズの傍に沿えていた。
して、数拍。

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「…………。」

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「即ち、オートマタと呼ばれる機械式人形のひとつで御座います。
 その中でも、観察・観測を目的として製造されたものです。以後何卒お聞き見知り」


説明が難しかったろうと解釈したらしい。
其処まで告げ、改めて頭部を深々と下げた。──さて、あなたの番だ。
Answer
奥底が見て取れないほどに真っ白な部屋。汚れひとつない白の椅子。
目前に至るは撮影機を模したと思われる頭部を携えた自律稼働式の人形。
ひどく異質な空間と状況。その中で、緑のこれはため息まじりに言葉を発した。

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「……まずは君自身から話すべきだ、と言おうとしたのだがね。
 中々どうして理知らしい。AVA-β09のObserverオブザーバーだな、覚えておく」

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「とはいえ……私という個を説明せよ、とは無理を言うものだな。
 私は自己を紹介することが大の苦手なんだ。嫌いと言い換えても良い」
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「何故か、は言ってやるのが正しいね。なにせ君は観測手なのだから。
 情報、知識、知恵というものはあればあるほどに良いものとされている」

……。

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「しかしながら、多すぎるのも問題だ。過多の蓄積は時に僅かよりも悪である。
 つまりは『過ぎたるは及ばざるが如し』ということだ。分かるかね、撮影機の君」
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私は神だ。故にニンゲンと呼称される、矮小かつ愚かな蛆の心情など分からない。
 だが経験則が言うには、ニンゲンは過度の情報で“パンク”するらしいじゃないか」
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「だから過ぎたるは及ばざるが如く、だから私は自己紹介が苦手で嫌いなのだ。
 私という個を明快に説明するには、ニンゲンの脳はあまりにも脆弱すぎるからな」

……。

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「……すまない、少し話し過ぎた。私の悪い癖だ、見逃してくれるとありがたい。
 過多は罪であり、能の無い者は話が長いと知っているのだが……治らぬものでね」
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「兎にも角にも閑話休題だ。Observeオブザーバー、君は私の識別情報━━名を知りたいのだね?
 あいにく君の目的がどうあれ従ってやる必要はないが……手慰みだ、答えてやろう」

しかしこれ名前が自身を自身たらしめるとは俗説的だな、とは嘲笑の声。
ひどく長い左足をゆらりとわずかに上げれば、それを片方の足へと赴かせる。
自身の胴の前で組んだ両腕。高慢らしい態度を見せる。今も観測されているのに。


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「━━ 私は知恵の神、ヴァイスハイト。ドイツ語で『知恵』を意味する言葉だ。
 尤も、私の名とドイツ語の間にある因果は一般的なものとは逆なのだがね」

今はどうでも良いから割愛する、と。

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「こことは━━ “おそらく”違うだろう世界。その世界を創りし創世七神の一柱。
 権能はあらゆるモノを“論理”に落とし込む同僚が駆け落ちして仕事が増えた
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「君という自立人形がその他個体の観測を目的に作られたことは理解しているが、
 それ・・と協力の姿勢はまた別の話だと認識している。よろしく頼もうか、Observerオブザーバー

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「……さて、この程度のものでどうだろうか。端的に、不十分に自己を説明した。
 本来であるならば更に言いたいことや伝えるべきこともあるが省略させてもらった」
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「何故なら━━そう、先程言ったように『過ぎたるは猶及ばない』からである。
 故に端折った伝達を今回の命題とした。その結果がこの・・自己紹介、というわけだ」

……。

片手に持った本を置き、緩慢な動作で懐に片手を入れ込む。
そこからゆっくりと煙管を引き抜いては上へと煙を吐き出した。

自己紹介はこれで終わりだ、とでも言いたげな表情。目の下に浮かぶクマ。
無愛想で偏屈で鬱屈としており、怠惰かつ高慢。この男を適切に表す言葉だ。

……。

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「……あぁ、そうだ」

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「私を呼称したいのならば、『精神科医』とでも呼んでくれ。
 君にとっても私にとっても、そちらの方が都合良いだろうからな」
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「それでは改めて、よろしく」