少年は、フェルヴァリオの言葉に何か確信を得たように
ふわりと微笑み、横笛を胸元で軽く揺らした。

「だからね、止まらないで。」
その声は、風のように軽く。
けれど不思議と胸の奥の深い場所に届いた。

「君が止まったら──
その“続きの音”、誰も聴けなくなっちゃうからさ。」
足をぶらぶら揺らしていたはずの少年は、
すっと足を床へ下ろし、立ち上がる。
その動きが音に変わるように──
空気の境界がふるりと揺れた。
そして、
向かいの椅子には、誰もいなかった。
鮮やかな黄色の帽子も、
軽やかな横笛も、
風のような気配すら、
白い部屋から一瞬でかき消えていた。
ただ、耳の奥にかすかに残る“余韻”だけが現実だった。
そして、どこからともなく届く声。

……あなたも意識して目を閉じれば、あるべきところに戻れるだろう。
◇
フェルヴァリオはぽかんと口を開けたまま、
砕いていた素材を落としそうになった。

「えっ……これは、もしかして夢?」
目を見開き、急に慌て始める。

「ちょ、ちょっと待って。
調合品は……完成していない……? え……?」
椅子の上を見ても、
机を見ても、
さっきまで整然としていた調合の痕跡は曖昧になっている。
夢のように、
いや、ほとんど夢そのものの輪郭。

「ど、どういうこと……
オレ……夢にまで仕事を持ち込むなんて……」
額を押さえて、深く困惑する。

「いやいやいや……さすがに休みたいって思ってたけど……
夢で調合までしてるとか、もう……」
竜としての威厳も、錬金術師としての冷静さもどこかへ飛び、
ただ “ 働き過ぎて困惑する少年 ” になっていた。
白い部屋は静かに沈黙し、
少年の言葉だけが奇妙に鮮明なまま残っている。

──止まらないで。
──続きの音を聴かせて。
そして、どこにもいないはずの風が、
フェルヴァリオの髪をわずかに揺らした。