白い部屋は、またしても何も変わらないように見えた。
ただ、中央にぽつんと椅子がひとつ置いてあるだけ。
以前の部屋とまったく同じ──白く、無機質で、何も手応えのない空間。
フェルヴァリオはため息をひとつ。

(……せっかく調合も終わったのに、今度は椅子?)
壁に触れても、やはり感触はない。
押しても叩いても、そこに“物質”が存在していないかのようだ。

「……仕方ないな」
そう呟き、ぶすっとした顔で椅子に腰を下ろした瞬間。
──空間が、ゆるりと広がった。
視界の先に、境界線のような揺らぎができ、
その“向こう側”に誰かが座っているのが見えた。
黄色い帽子。
胸元には横笛。
年齢は若い。
性別は……判断しがたい。
フェルヴァリオはまたしても眉をひそめた。

(……どっちだ?まあ、どっちでもいいか。)
境界の向こうのその人物は、足をぶらぶら揺らしながら、
まるで軽い旋律を漂わせるように声をかけてきた。

「あれ?」

「あはっ、すごい。君っていつの間に居たの?
ちっとも気付かなかった!だってさっきまで誰も居なかった、
君の音はひとつも聴こえて居なかった!きっと何かが君を導いたんだね」
妙に愉快そうな声。
そして、横笛を指先で転がしながら、
わくわくした目でフェルヴァリオに顔を向ける。

「ね、僕さ、訊いてみたい事があるんだけど、いい?」
フェルヴァリオは露骨に“めんどうだ”という顔をした。
しかし、逃げ場もないので肩を落として答える。

「……いいよ。」
その瞬間、境界の向こうの少年は
ぱっと目を輝かせた。

「じゃあ──“大人になる”ってどういうことだと思う?」
フェルヴァリオは完全に困った。
手持ち無沙汰と戸惑いの入り混じった指が自動的に椅子の上で薬草をひねり始める。

(……なんか、手を動かしたい。あー、もう。調合するか。)
袋から取り出した乾いた薬草を掌で潰しながら、
考えたというより、思いつくままぽつりぽつりと言葉を落とす。

「……支配すること。」
薬草が“ぐりっ”と音を立てて潰れる。

「剣を振るうこと。」
香りが広がる。

「大きい店を持つこと。」
手が止まらない。

「黄金りんごを作ること。」
葉脈が粉になって落ちる。
そして、ふとした静けさの中で。

「それらが“大人になる”ってことじゃないのかな。」
その声音は、わりと真面目で、けれどどこか自嘲が滲んでいた。
境界の向こうの笛吹きの少年は、
揺れる足を止めて、じぃっとフェルヴァリオを見つめていた。