
「これって君の趣味?……じゃあ、なさそうだね」

「対象との関係性もそうだし。損害の程度にもよるかな。
多少、後遺症にならない傷やはした金を喪う程度だったら誰でも助けたい」

「それ以上なら、少なくとも見知らぬ人は見捨てる」
「どうせ今日明日のご飯が味気なくなるぐらいだし」

「ま、例えばオブザーバーさん、君が危機に陥ってたら、
俺はそういう、大したことない損害の範囲でなら助けようと思うよ」
「ヒトとしての機能に乏しいようだから、その分……かけられる労力が減る。そんな感じ」
それから頭の中で、無数にある対象、無限にある状況を思い浮かべてみる。
価値のある相手、なら、支払いたいと思う物も増えるだろう。
どんなに損をしても、犠牲にしたくない者は本当にありふれている。
能力、仲の良さ、大体はその辺の指標で、あまり大事にしているわけではない自分を反対の秤に乗せて。
仮に、相手が同僚や尊敬する人間だったとして。
損も、底をついてもどうとでもなるものだったら切り崩せる分を崩すだろう。
金は最たる例だ。体力気力もそうだし、尊厳だって、困難からの脱出に比べたら安いもの。
でも、肉体は、命は。限りがある。あまり削りたいものではない。
それに対する答えを出そうとしていた自分に、少しだけ嫌気がさして、頭を目の前に戻す。

「俺はね。曲がりなりにも、都市の秤を預かる者。
物を乗せ、人を乗せ。片方を選び続ける者」
人や物事の価値を比べて、手元にある財で動かすのが仕事であるからして。
現実に行っているのに今更思考で実験だなんて、本当に暇潰し程度にしかなりゃしない。

「多分そっちの世界にもあるんでしょう?トロッコ問題」
「あるいは片方を選べば片方が犠牲になるといった思考実験」「それに対する俺の答えはね」
線路上に人がいるのにトロッコを走らせたりはしない。
あるいは、そんな質問をするやつの近くに居ない。
仮定の話は、考えてて面白くなけりゃしたいと思わない。それだけの話。