Chapter01-03

記録者: ウィルフレッド・メイフィールド (ENo. 13)
Version: 1 | 確定日時: 2025-11-27 04:00:00

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  ──カシャ


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「記録しました。有難う御座います」

言葉と共にシャッターが下りる。
たとい先のあなたの言葉がどのようなモノであったとしても、
コレは変わらずこの言葉を吐いたのだろう。
どれだけ荒唐無稽な事を言おうと、無関係な事を言おうと、
静かで落ち着いた声は、波打つ事が無い。

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「観察対象、次の情報を取得します」

冷たいガラスのひとみが、あなたに次のトイカケを差し出した。

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「──次は簡単な思考実験を行います。
 あなたの目の前に一人の人物がいるとしましょう

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彼は明らかに困難な状況にあり、助けを求めています。
 しかし、助けるとあなた自身に損害が生じます


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──あなたはどう行動しますか?
 理由や、其れに至る思考回路を開示してください」


──あなたはこの仮定にどう回答をしますか?

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「当機には質問と観測以外の権限を持ち得ません。
 従って、この人物を助けることは不可能です」


何とも思考実験のし甲斐の無い回答ではある。
流石に此れでは回答例として参考にならないと思考したか、
継ぎ足す様に次の言葉が繰り出される。

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「この問いを考えるにあたって、あなたは複数の要素を考慮する事になるでしょう
 自らの能力、損得勘定、社会倫理、共感性、恐怖心、
 過去の経験、未来への予測、その他不確定要素……
 どの要素に重きを置き、判断するかを考えると良いでしょう」


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「思考の順序、葛藤、迷い──それらも重要な要素です。
 『まず相手の安全、次に自己の損害への憂慮・保身行為、最後に社会的評価』等の様に、
 優先順位及び時間軸での解釈の変遷は実に多様性に富むものでしょう」

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「また、其の人物が『何者であるか』も重要です。
 幼子であるのか、年長者であるのか、あるいは敵対する者か、見知らぬ存在か、親しい者か──
 立場や関係性によって、きっとあなたの判断基準は変化します。

 それらの場合でもまた、此の状況を考えてみてください」



Answer
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「次は何を問うかと思えば……。」
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「あのなあ、機械人形くん。
 見ればわかるだろう?」

呆れ顔でガラスの瞳を男は見つめ返す。
軽くシャツの袖を捲って、その下にある細く白い腕を見せた。
その腕はまるで人形のように美しいものの酷く頼りない印象を与えるだろう。

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「何か解決策を考えてくれという状況であれば
 僕の頭脳はどんな人間よりも役に立つだろう。」
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「けれども、
 この肉体を行使する必要のある手助けであるのなら……
 まず僕に頼ってる時点でそいつはもう助からない。」
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「他人を支えてやったりできると思うか?
 いち早く駆けつけて受け止めてやるなんてことが
 僕に可能だとでも?」

例えば、その困難な状況にある人物が欲する手助けというものが
頭を使って解決方法を導き出してくれというものなのであれば。
今まで彼がしてきた解答から察するに誰よりも彼は得意なのだろう。

しかし、彼の細く折れそうな腕が語っている。
手助けの形がなんらかの肉体労働を要求する形のものだった場合。
本人に助けようという意思があったとしても……
その腕が誰かの支えになることは恐らく、叶わないだろう。

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「それに頭脳を使う形での手助けを欲された場合、
 僕になんらかの損害が生じるのだとしたら……
 そいつは明らかに"真っ当"ではない道を探している事になる。」
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「ただ知恵を貸してやる程度であれば
 僕に損害など起きる筈もないからな。
 悪いが僕は解き明かすことが仕事なのでね、
 問題をより困難にする手助けは行いたくないのだよ。」

だから、この問いの答えはただ一つ。

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──まあ、だとしても僕は助けるんだろうな。

捲ったシャツを戻しながら、ため息混じりに男は呟く。
やれやれと自身に向けて呆れたような顔をしながら。
今まで並べた理由から導き出される答えは一つだった。
対面相手と同じく助けることは不可能だという答え。
けれども、男はそれとは真逆の言葉を吐いてみせた。

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「機械人形くん、君は質問と観測以外の権限を持たないから
 助けることは不可能だと言ったな。」
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「では不可能であるから君は一切行動しない、
 ということなのだろうか。
 ふん、合理的で素晴らしいじゃないか。
 やはり君は人とは異なるようだ。」
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「……人間はな、不可能だとわかっていても
 体が動く事もあるのだよ。」

それは人間という種が内に抱える混沌……矛盾というものだった。
男はまっすぐガラスの瞳を見据えている。
不可能だと言い切った相手を非難するような視線ではない。
ただ己のうちに渦巻く混沌を、
ガラス越しに映る自分の瞳を、
まっすぐ見据えているのだ。

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「誰かを助けようと走り出して、そのまま共に死んでしまう……
 そんな結末はただ大衆受けする悲劇でしかなく馬鹿馬鹿しい。」
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「しかし、自分にはその能力がないからと動き出さない事は……
 自分自身の無能力さに言い訳しているだけだと僕は思う。」

男は自身の全てを擲ってでも他人を助ける気はないようだった。
男は出来ないを理由にして立ち竦む事はしたくないようだった。

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「あれこれ行動しない理由を考える事を、
 僕は賢さだとは思わない。」
「僕は自身の頭脳を不可能を
 可能にする道を探るために使っていたい。
 そして、僕であれば考えながらも行動することくらい余裕だ。」

男はできること全てをやり尽くしてから後悔したいようだった。

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「だから僕はきっと……
 間に合わないだろう足で必死に駆けてしまうのだろうし、
 届かないかもしれない手を必死に伸ばしてしまうのだろう。」
「真っ当ではない道以外の道が見つからないかと
 この頭を働かせるのだろう。」

その有様を彼は愚かだとは思わないのだろう。
蒼い瞳は美しく、光を湛える水面のように澄んでいる。

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「……君に、心というものがあるのかは知らないし、
 別段それについて興味というものはないのだがね。」
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「存外堪えるものだぞ、助けを求めてきた相手を救えないのは。」
「自分に助ける事は不可能だったとわかっていたとしても、な。」

実際にそのような場面を経験したことがあるのだろうか。
ほんの少し苦味を感じる笑みを彼は浮かべていた。
……短い沈黙が流れる。

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「他人を救うという行為は
 降る雨を掌で掬い続けるようなものなのだと思う。」
「助けを求める者などそれこそ降り注ぐ雨粒ほど存在していて、
 僕一人が必死になったところで全てを掬うことなど不可能だ。」
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「もっと広くと掌を広げれば雫は零れ、
 もっと多くをと望めばあっという間に掌の内は満ちる。」
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「降り注ぐ雨粒は無数にあるが故に
 選んで掬い取ることなど不可能で、
 どんなに掌を窄めたとしても雫は滴り落ちてしまうだろう。」

男は両方のてのひらを重ねるように寄り添わせて、
何かを掬うような形をとる。
その内に当然だが水の姿はない。
此処に現れる前はどれ程水で満たされていたのだろうか。

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「この行為を、無意味だと思う者もいるだろう。
 正直言って、意味のある行為かどうかは僕にもわからない。」
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「だが、それでも。なんの意味もないからと立ち竦んで、
 ただ雫が落ちて弾けていくのを眺めているだけの人間には……
 僕はなりたくない。」
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「そんな者には、なってたまるか。」

軽くてのひらを握りしめる。
澄んだ蒼い瞳の中で、光は強く瞬いていた。