カメラの無機質な声が、
白い部屋の静けさを切り裂くように響いた。

「──次は簡単な思考実験を行います。
あなたの目の前に一人の人物がいるとしましょう」

「彼は明らかに困難な状況にあり、助けを求めています。
しかし、助けるとあなた自身に損害が生じます」

「──あなたはどう行動しますか?
理由や、其れに至る思考回路を開示してください」
フェルヴァリオは答えるより先に、フラスコをゆっくりかき混ぜた。
くつ、くつ、と小さな泡が立つ。
そして鞄をガサゴソ探り、銀紙を破る音が部屋に広がる。
ぱきっ。
小さなチョコを折り、口の中へ放り込みながらぼそりと言った。

「……助けることになるだろうね。」
淡々とした声。
けれど、そこに迷いはなかった。

「オレが竜であるからに……
その他の種族が、滅多にオレに損害を出せるとは思えないし。」
かき混ぜ棒がフラスコの中でくるりと回る。

「だから、どうであれ助ける──ことになる。」
視線は液体から外れない。
語りながらも作業の手は一切止めない。

「強大な力を持つ種族の義務……かな。」
そこだけ、少しだけ声が沈んだ。
それは誇りでも、義務感でも、諦観でもあるような重さ。
フラスコの中の液体が、じわり、と色を変え始める。
翠の光がゆらぎ、淡い金色が混ざり……
錬金の過程が進むごとに、その輝きは強くなっていく。
フェルヴァリオはその変化を静かに見つめながら、チョコを噛む小さな音を立てた。

「……まあ、そういうもんだろ。」
白い部屋の中で、少年竜の淡々とした義務感だけが
わずかな熱を帯びて漂い続けていた。
カメラの声が、さらに低く響いた。

「当機には質問と観測以外の権限を持ち得ません。
従って、この人物を助けることは不可能です」

「あなたは『助ける』と答えた。
では、なぜ助けるのですか。理由を教えてください。」
フェルヴァリオは一度だけ顔を上げ、レンズの方向に小さく視線を向ける。
ほんの一瞬、赤橙の炎が瞳に映り込んだように見えたが、すぐに視線はまた液体へ戻る。

「──敵意が無ければいいよ。」
言葉は短く、しかし確かだった。
かき混ぜ棒を動かす指先に迷いはない。

「それだけで充分だ。こっちから先に手を出す理由がない限り、助ける。
向こうが殺意や裏切りの匂いを出してなければ、それでいい。」
口調には余計な説明が含まれていないが、そこにはいくつもの積み重ねが滲んでいる。
昔の喧嘩や、兄弟のやり取り、町での依頼の数々──
そんな断片が、短い肯定の裏に沈んでいる。

「オレが竜であること、それ自体が脅威になりかねない世界だ。
でもだからって、向こうが怯えて逃げるなら話は別だ。
敵意がある相手には、こっちも身構える。
だけど、素直に助けを求める顔に、
嘘の匂いがしなければ、助ける意味はあると思う。」
フラスコの中の色がさらに変わり、淡い光が室内を満たす。
フェルヴァリオは液面を覗き込みながら、どこか遠いところを見ているようだった。

「義務って言ったけど、それだけじゃない。
助けることで何かが終わるなら、それは単純に“やる価値”がある。
手を差し伸べるのは、強さの見せびらかしじゃなくて、次の仕事を早く片付けたいから、って面もあるしな。」
少しだけ口元が緩む。チョコの残りを噛む音が小さく響いた。

「結局、敵意が無ければいい。
それだけでいいんだ。余計な計算はいらないし、余計な傷も増やしたくない。
ここまでややこしい世界なら、単純な善意で済むことは大事だと思うよ。」
フェルヴァリオはその言葉を、まるで自分自身に言い聞かせるように落とした。
カメラはしばし沈黙し、ただその瞬間を記録する。