Chapter01-01

記録者: 杠 青葉 (ENo. 70)
Version: 1 | 確定日時: 2025-11-27 04:00:00

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あなたがふと気が付けば、真っ白な部屋に居た。
そこには椅子がひとつ置いてあるだけで、他に何もない。

あなたがその椅子に、座ったとき
あなたは視界の“先”に、誰かがいることに気が付いた。
白い部屋のなか、白い椅子に誰かが、座っていた。


  ──カシャ


何かが擦れるような、もしくは閉じるような音。
その音は対面の椅子から聴こえてくる。

それは────人物と解釈は出来はするだろう。

腕が二本あり、脚が二本ある。
それなりに体格の良さそうな身体に──無機質な四角いかたちが、乗っている。
あなたにその知識があるならば、それはカメラのように見えるだろう。
艶やかなレンズがじっとあなたを見詰めるように据えられていた。


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「……」


……そうしてその状態のまま、暫く。
沈黙に耐えかねてか、将又訝しんでか、あなたが口を開こうとした時、
もしくは、十分すぎる時間が経った後に、声がする。

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「……あなたは私を観測可能ですか?」

男性的な声だ。決して被り物の様にくぐもった声はせず、妙に鮮明な音色。
どこか奇妙な言い回しの後、まるで咳払いをするように、
人であれば口元に当たるだろう所に軽く手を添えて、
それから改まって一つ礼をした。

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「先ほどは不躾に見つめてしまい申し訳ありません。
 状況を把握するため暫し観察を行っておりました」

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「当機は此の場所について説明をすることが不可能です。
 この部屋についての事前情報はインストールされておりません。
 再起動した時にはこの部屋に在りました」


……即ち、この者もまたこの部屋に居る理由を知らないという事だろう。
彼方もまた、この部屋に呼ばれた者の一人……ひとつであるようだ。
現状を確認するようにレンズを左右に向けたソレは、しまいには改まってあなたにレンズを向け直す。
ピントを合わせるようにレンズがくるりと回り、それから頷くように一つ頭を揺らした。

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「観察対象、まずはあなたという存在を記録するための
 初期照合を致します」

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「あなたの識別情報を教えてください。──名前、呼称、あるいはそう呼ばれる理由を」

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「あなたを“あなた”と定義する特徴を」




──あなたは得体の知れない観察者に、どのような自己紹介をしますか?


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「──失礼致しました。まずは当機から情報を開示すべきでしたね」

きゅり、とレンズがまた周り、一拍の間。
まくしたてる事は不信感や警戒を生む事を
判っているからこその故意の間であった。

──あなたは回答せずとも良いのだろう。
コレはあなたを観察対象と認めたようだが、
観察される事を万人が受け入れる訳も無いのだから。



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「当機はAster Visual Automataシリーズのβライン第9号機。
 即ちAVA-β09、通称Observerオブザーバーと申します。」

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「Asterismは情報観測機器を製造する企業ですが、
 中でもAVAシリーズは主に長期観測任務に使用される自律稼働式人形です。
 当機はその中の一つで御座います」


そこまで説明をして、あなたの顔を窺う。
どうも中々ピントが合わない様子で、暫くレンズを回した後。
考えているかのようにまた手をレンズの傍に沿えていた。
して、数拍。

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「…………。」

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「即ち、オートマタと呼ばれる機械式人形のひとつで御座います。
 その中でも、観察・観測を目的として製造されたものです。以後何卒お聞き見知り」


説明が難しかったろうと解釈したらしい。
其処まで告げ、改めて頭部を深々と下げた。──さて、あなたの番だ。
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「……」


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「一体何処なのか、僕は何故居るのか、様々あるけれども。
 僕はここだと多少口がましに利けるようだ。精神安定の効能でもあるのかな」

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「僕を理解しない有象無象には声をかける時間すら惜しいと常々思うのだけどね」

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「では軽く応えるとしよう」


黒い髪を長く垂らし、被ったフードもそのままに足を組む。
痩身の男だ。長丈で覆われた隙間から覗く肌だけが病的に白く、人の温もりを感じさせない。
首まで隠した肌着も黒く、手足まできっちり手袋や衣服で覆われ、全体的にモノクロームな配色をしている。
それでも、薄らと朱の差した頬や指先、隈の濃い目元といった、パーツの色合いは男が生きているという証だった。
座っている分明確ではないが、背高は性相応に高く、脚が長くすらりとしている。肉付きさえあれば見目は悪くない。


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ユズリハ 青葉アオバ
 これが僕を定義する名だ」

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「……」

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「定義。即ち意味をつける。後付けで。僕は僕たらしめるものがこれだと思う。
 幾らお前が無機物の塊だとしても、真名を口にするはずがないだろう?」


どこか嘲るように、傲慢な態度で話す。大して低くもなく、高くもない中性的な声音だ。
ただ、男は何かに撮られている、対面に何かいる上でも、当然かのようにそれを見下し自らの素性を明らかとしない。
口にしたのは偽の名前。後付けで自らが己に与えた、意味をもつ名前。


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「僕は魔術師だ。名が持つ力、結び付きの堅さを正しく理解している。
 力を行使し、事象を好きに手繰ることが万能性だと考えている選民思想のエリート共とは――

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「――――」

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「おや失敬。僕らと魔法使いは不倶戴天の敵・・・・・・でね。
 思わず口が過ぎてしまった」


笑顔を浮かべ、くすくすと音を漏らす。
わざとらしく誤魔化すものの、垣間見せた表情は強い嫌悪と侮蔑を含んでいる。
ぶらり、細い棒のような足が再び揺れた。


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「話を戻そう」

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「僕は魔術師。まじない、のろい、呪術。人の中を見、適切などくを仕込む。
 つまり、彼奴ら魔導師や魔法使いは元素を根源とするが、僕らはより霊的に世界を視る

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「奴らが取るに足らないとする微かな残滓。それを従える死霊術を、僕らは武器としたわけだ。
 そう見ると、奴らは属性という形を創るけど、僕らは霊魂という命を器用に再利用したともいえるね」

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粗末で下品で外道。人道に反しているというのが有機物共の定型文だが、存在への反論として愚鈍だ。
 墓に死体を埋めた後は対話もせず勝手に成仏したと決めつける。いつだって行われていることだろう?」

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「対話を大事にするくせに、有機体共は合理性がなっていない。
 だから僕は他人が嫌いなんだ」


この男は死霊術師であり、魔術師であり、呪術師でもある。
言い方は整えられているものの、やっていることは死者の尊厳を握り潰し、冒涜している。
けれどそれも一般的な見方だと男は嘲笑う。人が死んだ、成仏した、地獄に堕ちたと噂するのは生者の思い込みだとも。
死後が虚無とも、意識があるとも、それを普通は証明する術がないからこそ、男は有象無象を小馬鹿にする。
こうは言っているけれども、この男自身が今まで死んだことはない。亡骸の塵芥を汲み取って利用しているだけだ。



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「……」


こん、こつ。黒いブーツの硬い先端が床を叩く。


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「そう。僕は死霊術に長けている。並大抵よりも、更に。
 墓守なんて歴とした仕事にはついちゃいないけどね」

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「僕はひとつ従えているんだ。今だって、ずっと」



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「それだけは僕のものだ」

嘯く時だけ、男の頬には喜悦が浮かんでいた。