
「……」

「一体何処なのか、僕は何故居るのか、様々あるけれども。
僕はここだと多少口がましに利けるようだ。精神安定の効能でもあるのかな」

「僕を理解しない有象無象には声をかける時間すら惜しいと常々思うのだけどね」

「では軽く応えるとしよう」
黒い髪を長く垂らし、被ったフードもそのままに足を組む。
痩身の男だ。長丈で覆われた隙間から覗く肌だけが病的に白く、人の温もりを感じさせない。
首まで隠した肌着も黒く、手足まできっちり手袋や衣服で覆われ、全体的にモノクロームな配色をしている。
それでも、薄らと朱の差した頬や指先、隈の濃い目元といった、パーツの色合いは男が生きているという証だった。
座っている分明確ではないが、背高は性相応に高く、脚が長くすらりとしている。肉付きさえあれば見目は悪くない。

「杠 青葉。
これが僕を定義する名だ」

「……」

「定義。即ち意味をつける。後付けで。僕は僕たらしめるものがこれだと思う。
幾らお前が無機物の塊だとしても、真名を口にするはずがないだろう?」
どこか嘲るように、傲慢な態度で話す。大して低くもなく、高くもない中性的な声音だ。
ただ、男は何かに撮られている、対面に何かいる上でも、当然かのようにそれを見下し自らの素性を明らかとしない。
口にしたのは偽の名前。後付けで自らが己に与えた、意味をもつ名前。

「僕は魔術師だ。名が持つ力、結び付きの堅さを正しく理解している。
力を行使し、事象を好きに手繰ることが万能性だと考えている選民思想のエリート共とは――」

「――――」

「おや失敬。僕らと魔法使いは不倶戴天の敵でね。
思わず口が過ぎてしまった」
笑顔を浮かべ、くすくすと音を漏らす。
わざとらしく誤魔化すものの、垣間見せた表情は強い嫌悪と侮蔑を含んでいる。
ぶらり、細い棒のような足が再び揺れた。

「話を戻そう」

「僕は魔術師。呪い、呪い、呪術。人の中を見、適切な薬を仕込む。
つまり、彼奴ら魔導師や魔法使いは元素を根源とするが、僕らはより霊的に世界を視る」

「奴らが取るに足らないとする微かな残滓。それを従える死霊術を、僕らは武器としたわけだ。
そう見ると、奴らは属性という形を創るけど、僕らは霊魂という命を器用に再利用したともいえるね」

「粗末で下品で外道。人道に反しているというのが有機物共の定型文だが、存在への反論として愚鈍だ。
墓に死体を埋めた後は対話もせず勝手に成仏したと決めつける。いつだって行われていることだろう?」

「対話を大事にするくせに、有機体共は合理性がなっていない。
だから僕は他人が嫌いなんだ」
この男は死霊術師であり、魔術師であり、呪術師でもある。
言い方は整えられているものの、やっていることは死者の尊厳を握り潰し、冒涜している。
けれどそれも一般的な見方だと男は嘲笑う。人が死んだ、成仏した、地獄に堕ちたと噂するのは
生者の思い込みだとも。
死後が虚無とも、意識があるとも、それを普通は証明する術がないからこそ、男は有象無象を小馬鹿にする。
こうは言っているけれども、この男自身が今まで死んだことはない。亡骸の塵芥を汲み取って利用しているだけだ。

「……」
こん、こつ。黒いブーツの硬い先端が床を叩く。

「そう。僕は死霊術に長けている。並大抵よりも、更に。
墓守なんて歴とした仕事にはついちゃいないけどね」

「僕はひとつ従えているんだ。今だって、ずっと」

「それだけは僕のものだ」
嘯く時だけ、男の頬には喜悦が浮かんでいた。