いつ、どこで、なにが、なにを、どのように、どうする。
あらゆる行動および事象はこの文面に置換することが可能であり、
我々はそれら全てを情報として取り扱ってきた。
そこかしこでひっきりなしに生まれては消えてゆくそれら情報を種族単位で管理し、
アーカイブすることで世界――ひいてはすべてを認識し把握可能とするためだ。
この理念自体には私自身大いに共感しており、もちろんそのための行動や努力も
惜しまなかったのだが、長い歴史ですっかり停滞を覚えた連中にとって私の手法は
「あまりにリスキー」「猟犬の記録を見よ」「いやその前に全いつ、どこで、なにが、なにを、どのように、どうする。
あらゆる行動および事象はこの文面に置換することが可能であり、
我々はそれら全てを情報として取り扱ってきた。
そこかしこでひっきりなしに生まれては消えてゆくそれら情報を種族単位で管理し、
アーカイブすることで世界――ひいてはすべてを認識し把握可能とするためだ。
この理念自体には私自身大いに共感しており、もちろんそのための行動や努力も
惜しまなかったのだが、長い歴史ですっかり停滞を覚えた連中にとって私の手法は
到底受け入れがたいものであったらしい。
……なぜだ?
いかに我々が時間や空間の法則を超え偏在も叶う種族であるといえども、
それら全てを一切漏らすことなく回収できるわけではない。
微細な出来事を切り捨てることでどうにか情報量を維持しては来たものの
切り捨てた筈の情報が尾を引いた時が非常に面倒なのだ。
再回収そのものは大したことではないが、そこに付随する我々の僅かな干渉が
情報そのものを書き換えることが稀にあり、最終的にアーカイブデータの大規模な
破棄と復旧が要求される事態に発展する。
あまりに非合理的だ。
そこで、私は多少リスキーながらも確実に世界の全てを把握する方法を見出したのだ。
簡単な道ではないことはわかっている。
そもそも1種族かけてまだ届かぬ道を1個体でやろうとしている時点で無茶だ。
だが、もしまかり間違って達成できてしまったら?
1種族が築いた歴史、全てが、たった1個体にひっくり返されることとなるなら。
きっとそれはとてつもなく痛快で、さぞイカれた話になるに違いない。