
「僕に話をさせておいてうまく聞き取れませんでした
……なんてことは良い度胸だなとしかいえないが、
君がそれを望んでやったわけではないのだろう。」

「君はそもそもこの空間を知る者ではないようだし、
仕方ない……それについては許してやるのだよ。」
男はじろりとレンズを睨みつけるように眺めていたが、
相手を叱責しても意味がない事は既に理解しているようである。
やれやれ、と軽く肩をすくめて息を吐いた。

「それで、世界の普通について聞きたいと?
しかし機械人形くん、君は他所の世界を知らない。
僕も君の出身世界を詳しく知りはしない。」

「そんな者に僕の生きた世界を事細かく語るとすると
時間がいくらあっても足らなくなるだろう。
「だから……そうだな。
君の世界との相違点にのみ絞ろうか。」
それで構わないな?と男は首を傾げる。
対面する異形には表情というものが感じられないので、
この点に同意したのか否かすらわからない。
しかし、男は述べる内容を変えるつもりはないようだ。
では語ってやろう、と相手が頷くのも待たずに口を開く。

「まず僕の生まれた世界に君の様な存在はいない。」
「人間が直接操作せずとも己の力のみで動き考える
機械人形なんてものは普及していないのだよ。」

「まあ簡潔にいえば君の様な存在を
まだ必要としていない文明段階だ。君の様な存在を
作成して運用するには主にコスト面で問題が出る。」

「人間が動いた方が早い、というものだね。
生身の人間の方が労働者として質が高い段階なのだよ。」
お前の様な存在はあり得ない、ではなく
まだ必要とされていない段階であると男は語り出す。

「まあ、似た様な存在が神話などには存在するし
それらに対する技術が全くないわけではないから……
いずれ僕の世界にも君の様なものが生まれるだろうが。」

「今この場では"機械人形などはいない"と思ってくれて良い。
僕が推測する未来を語っても返答にはならないからな。」
では次、と男は両腕を組む。
これ以上この点に関して深く語るつもりはない様だ。

「次に……君は平均的な一般家庭を共有してくれたが
僕のところでは人間社会には階級がある。
故にその階級によって"一般的"や"生活基準"
……なんてものは大きく変わってくるのだよ。」

「就ける職が違う、得られる給金が違う……
そもそもその日満足に食事ができるかどうかも違う。
その全てを平らに均して見掛けだけの、
背景お構いなしの一般を語る事も可能だが……。」

「僕はそんな事はしたくない。
機械人形くん、君は記録すると言っていた。
どうせ異なる世界の存在だ、君には上部だけの
綺麗さを語ってさまざまを誤魔化しても良いが……。」

「それでは些か誠実さに欠けるからね。
……君にではなく、僕の生まれた世界に対してだ。
悪いが君が理解できるか理解できないかは
無視をして話をさせてもらおうか。」
これからより長い話をする、という意味の前置きだろう。
男はどうせ相手はわからないだろうから話さないという選択を
この話に関しては行いたくない様であった。

「階級はざっくり言えば四つ」
「一番上は上流階級……貴族階級や支配階級というものだ。
ま、簡潔にいえばこいつらは働かなくても金が得られる。
当然自由気ままに威張り怠け放題なんて事は出来ないが、
大抵のものを得ることができるのがこいつらの"普通"だ。」

「次に中流階級。主に知的労働者のことだ。
上流と違って働かなければ金は得られないが……
主に勉学に励んでそれを社会に還元する者ら、かな。
少々聞こえが良すぎる様にも思えるが。」
「ちなみに僕は運良くこの地位につけている。
ここの普通は……まあ君が教えてくれた働き方に近いか。
7日間全てを捧げずとも得られる給金で多少は楽できる。」
働かずとも金を得られて生活していけるのが普通の階級と
ある程度働けば金を得られて生活していけるのが普通の階級。
機械人形などがいない世界でも一番上に立つ者たちは
多くの面倒を他人に任せて生活することが可能だと男は付け足した。

「その次、労働者階級。その名の通り
労働力としての階級だ。労働者ということだね。」
「汗水垂らして働いてそれに見合った賃金を得るのが普通……
なのだが人によっては仕事を軽視されてしまいがちだ。
毎日の様に働かねばならない者もいるだろう。
生きるために己の汗を、血を彼らは捧げている。」

「そして最下層、下流階級。労働者にもなれない者達だ。
貧困を強いられる者達とも言えるかもしれないな。
……働けない理由がある者ばかりだ。
どうしようもない問題を抱えているものが多い。
彼らにとっての普通は……恐らく苦しい日常だろうな。」
「同情の余地もない輩も存在するが……
人間が人間を踏み躙る図は好ましくはないのだよ。」
働かなければ生きていけないのが普通な階級と
それすらもままならず死と隣り合わせの階級。
高い地位につけばつくほど他者を見下すことが散見される社会だと、
そう語る男の顔はどこか不愉快そうに歪んでいた。

「以上の四つの階級、それぞれの普通が存在するのが
僕の生きていた世界の"普通"だ。」
「全ての人間が平等に走り出せる場所に立てている訳ではない。
そもそも勉学すら学ぶ機会がない故に上へ上がれぬ者もいる。」

「他人に衣服の脱ぎ着を手伝わせるのが当然の者がいる。
知人の死体から服を剥ぎ取って売る者もいる。」
「不平等が蔓延している社会が僕の生きた世界の普通なのだよ。」

「賢い生物がヒトなのだろうとは言ったものの、
その賢さが故に不平等を創るのが大変上手いのもヒトだ。」
呆れた様な笑みを男は浮かべた後に息を吐く。

「世界の始まりは混沌であった……とは、
よく言ったものなのだよ。」
短く小さな舌打ちが男から零れる。
その音が静かな部屋に響き、消えた後に男は再び口を開いた。

「すまない、些かネガティブな印象を
与える話ばかりしてしまったかもしれないな。」
「君が対話を楽しんでいる……とも思えんが、
この話の最後に一つくらいポジティブな話をしておくか。」

「誰もが一様にこの現状を諦観している訳ではない。
自らの富を下へ分け与える者が居れば、
上を目指すため努力を積み重ねる者もいる。」

「人の世に不変であるものはない。
いい意味でも、悪い意味でも世界は時と共に変わる。」

「きっとそれは人の世が混沌であるが故だ。
様々な思考が行き交う事で全てのものは変わっていく。
それもまた僕の生まれた世界の"普通"だ。」
まるで多くの世を眺めてきた者であるかのように、
もしくは遥か先の未来まで見えているかのように。
男はどこか遠い方を眺めながら表情を和らげた。

「初めから完璧な世界などありはしない。
多くの問題を解き明かしながら人はより良い世界を目指す。
それが人間のあるべき姿と言っても良いだろう。」

「何故なら僕らは賢いが故に人なのだから。」
「どうだね、悪いばかりではないだろう?」
己の生きた世界が嫌い、という訳ではないようだ。
混沌の最中に生まれたものを男は好んでいるのかもしれない。

「それにとある神話では世界の始まりたる混沌の中からは
闇だけではなく愛が生み出された、というのだよ。」

「……。」
「……締めの言葉にしてはクサすぎるか?」