Chapter01-03

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2025-11-27 04:00:00

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  ──カシャ


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「記録しました。有難う御座います」

言葉と共にシャッターが下りる。
たとい先のあなたの言葉がどのようなモノであったとしても、
コレは変わらずこの言葉を吐いたのだろう。
どれだけ荒唐無稽な事を言おうと、無関係な事を言おうと、
静かで落ち着いた声は、波打つ事が無い。

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「観察対象、次の情報を取得します」

冷たいガラスのひとみが、あなたに次のトイカケを差し出した。

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「──次は簡単な思考実験を行います。
 あなたの目の前に一人の人物がいるとしましょう

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彼は明らかに困難な状況にあり、助けを求めています。
 しかし、助けるとあなた自身に損害が生じます


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──あなたはどう行動しますか?
 理由や、其れに至る思考回路を開示してください」


──あなたはこの仮定にどう回答をしますか?

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「当機には質問と観測以外の権限を持ち得ません。
 従って、この人物を助けることは不可能です」


何とも思考実験のし甲斐の無い回答ではある。
流石に此れでは回答例として参考にならないと思考したか、
継ぎ足す様に次の言葉が繰り出される。

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「この問いを考えるにあたって、あなたは複数の要素を考慮する事になるでしょう
 自らの能力、損得勘定、社会倫理、共感性、恐怖心、
 過去の経験、未来への予測、その他不確定要素……
 どの要素に重きを置き、判断するかを考えると良いでしょう」


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「思考の順序、葛藤、迷い──それらも重要な要素です。
 『まず相手の安全、次に自己の損害への憂慮・保身行為、最後に社会的評価』等の様に、
 優先順位及び時間軸での解釈の変遷は実に多様性に富むものでしょう」

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「また、其の人物が『何者であるか』も重要です。
 幼子であるのか、年長者であるのか、あるいは敵対する者か、見知らぬ存在か、親しい者か──
 立場や関係性によって、きっとあなたの判断基準は変化します。

 それらの場合でもまた、此の状況を考えてみてください」



Answer
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「……え?」


頭の中に、氷が刺さったような感触の、頭痛がした。
助けをもとめてくる、相手。
それを想像しようとしたときに、一瞬、だれかの姿が脳裏に過ったのだ。
あれは一体誰だったのか。なぜ、こんなにも喉の奥が熱くてたまらなくなるのか。


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「いやっ……うん、たすけるよ、それが誰であっても、
 損害……は、まあ、僕が支払えるもので誰かが助かるなら、それに越したことはないよね……」


小さく溜息をつく。呼吸が浅くなっていたからだ。
さっきから、降りしきる雪と、そこに半分埋もれたような、いつからそこに打ち捨てられていたのかわからない、ニンゲンの姿が浮かぶのだ。

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「助けたかった、よ…」


質問への回答とは別に、溢れる声が。
そうだ、僕はあの人を。いつでも助けてあげたかったんだ。
自分とは無関係な、苦しみを抱えていて。それでも笑っていて。優しくて。
苦しみを持たせて貰えないことが辛くて、泣いたこともあった、ような、気もする。
考えようとすると、頭が痛くて。
その扉を開いてはいけないと言われているみたいなのに。
扉の向こうからは、声が聞こえてくるようだった。


──いまは、苦しくない?
そこは、穏やかかな。

きっとそうだ。穏やかで、あたたかくて。
君が好きだったあの夏に、永遠に閉じ込められて。
そういうところに、キミは行ってしまって。

──僕は、いまは苦しくて、すごく、寂しいよ。

そして、帰ってこなかった。
僕は、当たり前に、あの日々が続くと思っていたんだ。

──でもね、たとえ僕が苦しくても……君が安らかなら、僕はそれで、構わないんだ。

だから、損害があっても、僕はキミを助けたい それが、僕にとって辛いことでも。
でも、助けなんて。ほんとはいらなかったんだ。
キミの望みは、そうなること、だったから。
苦しみの果てに、そうなったのだったなら、助けようもあっただろう。
助け、られたら、よかったなあ と、僕は小さく口に出した。