聞いていて頭が痛くなった。
掻い摘んでいえば、概ね自分と同じような世界の話であろうことがわかる。
しかしあまりにも……機械的で。淡々としすぎている……
世界から感情を一切排除したら、きっとこんな風に味気がなくなってしまうのだろう。
彼の──おそらく、彼──話は、まるで味のない飴が口の中でゆっくりと溶けていくのを感じさせられているようで、苦痛だった。
ガリ、と、存在しないはずのその飴を口の中で砕いて。話し始める。

「僕のところはね、そうだなあ……普通だよ
……あ、その普通がどういうものかをきいてるんだもんね、ごめんごめん」
腕を組み、首を傾げて。うーん……と何度も唸る。
当たり前。を説明することはなかなかに難しい。

「僕みたいな見た目のニンゲンがたくさんすんでるよ。
でも、僕はニンゲンじゃないから、ハグレモノ、ていうか……」
そう、自分は、普通じゃない。それに、マトモでもない。
今日初めて出会った、見知らぬ相手にどこまで話していいのかわからず、困ったように眉を寄せて。

「つまりそのー。化け物なんだ、僕は
あるいは……ニンゲンを化け物にしちゃう、みたいな
まあ、いまはあんまり関係ないから、大丈夫
君には僕の能力は適応されてないみたいだし、さ」
世界の話のはずが、ついつい自分の話になってしまいそうになる。
自分からみた世界、という視点で話すのも悪くはないが、今はうまくできる気がしない。前述のように、自分自身については記憶の欠けがあるためだ。
小さく咳払いして、話をもとに戻す。

「まあ、そう、つまりはー、ニンゲンと、ニンゲン社会に紛れ込んだ、僕みたいな化け物がいる世界、だよ そういうこと
自分の事を化け物だというのは、別に卑下に慣れているからではなく、事実だからである。
目の前の人物は、そこに追及してこないため、ある意味話しやすいのだった。

「文明レベルは、どうだろな、キミのとこと多分同じくらいだよ
普通にAIも発展してるし、宇宙にも行きたかったらいけるし……」
そこまで口にして、もしかしたら相手の世界は宇宙という概念が存在しないかもしれない、ということに思い当たる。
普通、の前提条件が違うなら、そういうこともあるのかもしれない。

「……あー、キミのとこ、宇宙ある?説明省いてイイ?あ、だめ?
……まあ、ヒトが通常行けるようなとこじゃない場所だよ。空気も圧も熱もなくてさ、科学技術とか、そういうの駆使してようやくそこに行って、存在できるみたいなとこだよ」
ごく当たり前にわかっている概念を、改めて説明しようとするのは難しい。どうしても個人的な視点が混じった説明になる。
広辞苑がほしいと今ほど思ったことはなかったように思える。もしくはインターネットで検索したい。これが文明に慣れきった現代人の末路か。
いつもポケットに入れてあるスマホは、今はないようだった。
目の前の人物は、ポケットを弄る僕を変わらず見つめていて……それはまるで、こう語りかけてくるようだった。

「……え?わざわざそんなとこにいく理由はなにかって?
えー……し、知らないよそんなこと……、いやまじでさ……、えー…? ロマンとか、そういうんじゃないかなぁ?しらないよお……僕は別に行きたくないし!
おうちが好きだよ 引きこもりなんだ、僕……」
勢い、引きこもりであることを白状してしまい、バツが悪そうに床を見つめる。
床は白く、ぼんやりと光っているようにも感じた。
そうやって少しの間、沈黙がながれたあと。まるでAIが検索をかけたような文章で。
────宇宙とは、星や銀河、惑星、ガスや塵など、あらゆる物質と空間、そしてエネルギーの広がり全体を指します。物理学では物質や放射線を含む空間を、天文学ではあらゆる天体の存在する空間を指し────
僕のこれまでの説明を無にするような完璧な回答が聴こえてきたってワケ。

「なに!?知ってるんじゃん宇宙!!わざわざ説明させないでよ、もー!」
一連の、これまた無味の説明を求められて大変困惑したワケで。
僕は不満をたっぷり述べてから、目の前のレンズから目を逸らした。
それから、またポツポツと、自分の世界のことを話していた。
話しながら、宇宙を含む、世界のことを想うより……僕はほんのちいさな、家の中にある細やかなしあわせの方がずっと大切だったことを思い出していた。
姿は思い出せないが、酷く温かい色をした影と、あまり広くはないマンションの一室にいて。
僕はそこで、かけがえの無い安心と、お金を払っても得られないような幸福に満ちていた瞬間がたしかにあったことを、ぼんやり思い出してしまっていた。
思い出してる間は世界はどこか希薄になり……どこを見るでもない目線は、白い部屋を網膜を焦がすように焼き付けていた。
部屋の、そのあまりの白さに両の瞳は悲鳴をあげて、石竹色を幻視して茶太郎に返すのだった。
それは、いつかの日の夕焼けの色に似ていた。
ピンク色の夕焼けは、夏場の湿度が高い日に、水蒸気によって散乱した波長の長い光と、空の青とが混ざり合ってできるのだと、彼は話していた。
その、彼。が、誰だったか、思い出せない。頭が、痛い。喉に熱い空気がなだれこんで、息がうまく吸えてない感じがする。
夏の夕暮れの、湿った空気と蝉の声がやけにうるさくて。
普通ならそれを不快に思うはずなのに、彼はそれが好きだといった。
だから、僕もそれを好きになったのだ。
普通じゃない彼の、普通、が……その日、僕の普通にもなった、それは、そんな日暮れだった。