Chapter01-05

記録者: "□□の□□"、其の道中 (ENo. 124)
Version: 1 | 確定日時: 2025-11-27 04:00:00

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  ──カシャ


シャッターの音の後、あなたを向いていたレンズがふと向きを変える。
何か未知のことを認識した様子で、その後にまたあなたにひとみが向いた。

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「観察対象、最終質問を提示します」


この対話の終端が近いようだ。
不思議な白い部屋での対話は、何の説明もなく始まり、そして終わるらしい。

奇妙な観察者は感慨もなく告げ、一拍。

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──あなたは、何をもって“自らの存在に価値がある”と判断しますか?


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「それは役割でも、使命でも、功績でも構いません。
 また、価値は不要であるとする見解も有益な観測結果となります。

 あなた自身が、どの基準で己を“肯定”し、
 何をもって“無価値”とせずにいられるのか。

 その価値に他者を如何にして組み込んでいるのか、
 その内的構造を、開示してください」


──あなたは自らに〝どのような価値〟があると認識していますか?

 
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「当機は、あなたの答えを推論する事はできても──
 代弁する事はできません
 故に此度は、 あなた自身の言葉で語られることを要求します」
Answer
──あなたは自らに"どのような価値"があると認識していますか?



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*****
「…………
 私の、価値……」

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*****
「……………………」

俯いて。
沈黙が続く。



……ぐるぐる、と、己の生立ちを思い返している。――"セオドール・アレクサンテリ・メナス・ヒルデブラント"、或いは"ネヴェン"。
ヒルデブラント帝国、国歴****~****年にて皇帝を務めた"ディミトリオス・アレクサンテリ・イリァコス・ヒルデブラント"の第2皇子であり、侍女上がりの側室メナスだった"マリエッタ"の子。
国では希少を通り越して異質ですらある蒼い瞳を持つ、ルーツ不明棄児だった女と、其の色彩を受け継いで生まれた子。
そんな父帝と側室は相思相愛であったが、政略結婚であった正室イリァコス側は其れが気に食わなかった故に、蒼眼の母子は、長い期間、不可視の蔑視虐待に晒され続けた。
マリエッタセオドールを産んで半月ほどで世を去ったのは、累積した心労も関わっていたのだろう。
(因みに、"ネヴェン"という名は、マリエッタが遺した所謂プライベートネームであり、今も身につけている髪留めリボン刺繍が施されている)

マリエッタが亡くなった後、セオドール正室側に引き取られ、世情喧騒から隔離された離れで育てられたが、実態は愛玩動物の飼育の方がマシだったかもしれない境遇だった。
具体的には、他人行儀極まり無い侍女達による、最低限の衣食住だけが与えられ、其れ以外―保育・教育・躾といった諸々という名の愛情―は、挨拶の口吻1つすら存在しなかった。
其れ故――父帝が境遇を把握するまでの出生半月~5歳頃までの間、セオドールが習得した語彙は、相手の機嫌を損ねない為の"ごめんなさい"だけ、だった。
嗚呼、いっそアカラサマな虐待をされていた方がマシだったかもしれない程に。
離れでの生活は、くらくてつめたくてさむくておそろしいもの、だった、と、後に感情と語彙を得たセオドールは、振り返った。

正室側による仕打ちを正確に把握した父帝の図らいに依って、離れから天守へと移住し、1人の教育係―名を"ダルガイラス・ヴァルトラウド・ギルスタゥタス(愛称:ガイラス)"と言い、後に護衛騎士にも就任する男―と出会ってからは、彼に依って愛情正しく与えられ始めて。
ガイラスだけが、セオドールの拙い言葉に、真摯に耳を傾けてくれて。
ガイラスだけが、心に秘める"掛け替えの無い想い出"を、信じてくれて。
ガイラスだけが、成し遂げたい"譲れないもの"を、貶す事無く肯定してくれて。
セオドールにとって、彼が、ガイラスだけが。
父帝よりも父親で、異母兄よりもで、家族で、理解しようとしてくれて。
祖国の者達の中で、ガイラスこそが、孤独虚無価値愛と心与えて注いでくれた、此の上無く美しい"色彩だいすき"で。

だから。
セオドールは、ガイラスさえ傍に居てくれるならば。
他の総てがでも構わないし、其れ故に自身が暴君に成り果てる事すら、躊躇わないだろう。


けれど。
其れでも。
其れ、でも。

即位してから、ずっと繰り返し視ている、嫌に鮮明予知めいた"悪夢"が。
そうしてはならないと、
警鐘を喧しく鳴らし続けている。
でなければ。
そうで、なければ、
ガイラス、が。

それは、いや、だ、から。

…………
……………………



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*****
「……私に。
 私に、価値が有る、とすれば」

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*****
「今の私が、皇帝である事。
 半分だけでも、父上正統血を受け継いでいる、という事

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*****
「……其れが。
 其れだけ・・・・が、今の……私の価値、なんだろう」



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*****
「……私が、成し遂げたい事を、成し遂げ切ったら。
 祖国を帝政から共和政に移行して、私は退位するつもり……だから」

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*****
「……そうしたら、私は……」

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*****
「…………」



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*****
生きている意味も、価値も……何もかもを、亡くすんだろう、な其の時、誰か1人でも傍に居てくれるなら、きっと、さむくないのに

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*****
けれど……多分……其れが、きっと最善、なんだきっと、それをのぞんじゃ、いけない

嗚呼、私が。わたしが、ぶきみなめをしていない、ふつうのこどもだったなら。
こんなにさむくこわくて、つめたいさびしいきもち、しなくてすんだの、かな。

ねぇ。
めったに、おあいできなかった、ちちうえ。
かおもしらない、わたしの、ははうえ。

どうして。
どうして、わたしは。
こんな、めのいろに、うまれたのでしょうか。
どうして、ちちうえとおなじに、なれなかったのでしょうか。

ガイラスは、そらみたいできれいと、いってくれた、けれど。
それでも、こんなめのいろは、このくにでは、わたしだけ、で。
きれいと、いってくれたのも、このくにでは、ガイラスだけ、で。

わたしは。
わたしは、それ、が。

ねぇ。
だれか、おしえてください。
どうして。
どう、して――

…………
……………………

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*****
「…………」
――セオドールは。
底が壊れた様な愛情欠乏飢餓を原因とする、"どれだけ暖めても熔けない寒さ孤独"に凍え、苦しみ、泣き叫ぶ幼心を抱えており。
不治の病魔の様に拡がり蝕む、悲痛な其れを――妾腹という出生と、立場と、価値という名の蓋注がれるべき時期に愛情を注がれなかった致命的な事実で、何重にも閉じ込め、鎖し、隠し続けている。

――長い沈黙のまま、俯いたまま。
此の質問への回答は、終了と判断して良いだろう。