
「……。」
部屋に響いていたのは一人分の話し声だけだった。
対面するように席に座っている男は一度も口を開かない。
恐怖や驚きで固まっている様子はない。
ただじっと、目の前の事象を観察するように静かに黙って座っていた。
粗方話が終わる。一人分の声は消え、沈黙が流れるだろう。
お互いの表情は分からない。
方や人間とは似ても似つかぬ形をしており、
もう一方は人形のような相貌をひとつも崩さずに黙っていた。

「──君は、よく喋るな。」
徐により人の形に近い方が口を開く。
声色に緊張はない。寧ろどこか呆れたような、ため息に似た声だ。
レンズはまた静かにきゅるりと音を立てただろうか。
対面に座る観察対象は口のきけない人形ではなかったのだから。

「それは焦りからか?緊張からか?
……いいや、君はそう言った類の物じゃなさそうだな。」

「──ふん、良いだろう。
今はお前の言っている事を信じてやるのだよ。」
椅子を少し引いて男の方は足を組む。
高圧的にも思える態度で目の前の存在に向き直った。
どうやら会話に応じる気になったようである。

「だが君にとって僕が観察対象であるように、
君もまた僕にとっての観察対象だ。
何か僕から情報を聞き出したいのであれば、
今後も先程と同じようにまずは君から語りたまえよ。」
お前のことも見ているからな、と表すように指を一本、対面へと向ける。
会話という和やかな雰囲気はここにはなく、
まるで情報の交換を行う場のようなどこか事務的な空気があった。
相手の返答も待たずに男は再び口を開く。

「ではまずは自己紹介といこうか、機械人形くん。」
「僕の名はウィルフレッド・メイフィールド。」

「種族の説明は必要かな?
生物学上の分類としてはヒト、というものだ。
昨今では知恵のある人……ホモ・サピエンス。
動物の中で著しく脳の発達した生物、人間とも言うがね。」
相手がこの話についてこれるか否かは男にとって興味がないらしい。
ただ淡々と言葉を並べてそれを向こう側へと押し出している。
口を挟む余地など認めないように、ただただ言葉を述べていた。

「君に"個"という概念が存在するのか否かは
正直言って僕に興味はないが……」
「有象無象の中のひとり、と認識されるのは腹立たしい。
もう少し僕と言う存在について語ってやるとするか……。」

「君が観察や観測をする為の物だと言うのなら、
僕は"あらゆる事件や問題を解明するため"に
この世に生まれ落ちた者と言えよう。」
人間は機械と違って何かをするために創られる事などはないがね、
と男は付け足して軽く息を吐き出した。

「……哺乳綱の中で脳が発達した生物を霊長類と呼ぶが
大抵ヒトはこの枠組みから外されて扱われる。」
「それは何故か?ヒトというものは霊長類……
別名サル類とは異なるからだ。」

「見た目、生活、社会……あらゆるものがサルとは異なる。」
「だが最も多くの人間が口にする相違点は"賢さ"だろう。」

「人間は全ての生物の中で自分達が最も賢いと思いたがる。」
「賢さの定義が云々などは面倒なので今回は省くが……
まあ、僕はそう思う事を否定はしない。
賢い生物がヒトなのだと、ね。」
話を聞く相手がそれこそただの人間であれば、
話の筋道がずれ始めたように感じるかもしれない。
しかしレンズは静かに男を眺めて、
男が話し終わるのを待っているだろう。
その様子を男は眺めて、軽く鼻で笑った。

「そんな"賢いとされる人間"が巻き起こす事件や問題を
解決する者に必要な能力はわかるかね?」

「それは誰よりも賢い者であることだ。」
「さて、ここまで言えば理解できるな?つまり僕は──」
ずっと顰められていた顔が不意に和らぐ。唇が軽く弧を描いた。
その笑みは驕りや他者に対する嘲笑から浮かべられてはいなかった。
ただ純粋に、己の能力に誇りを持っているが故の笑みである。
堂々と、その力を所有している自身を愛し認めているが故の、笑み。

「賢さから他の動物とは一線を画するヒトの中で、
より賢い者である……ということなのだよ。」

「それ故に僕はあらゆる事件や問題を解明するために
この世に生まれ落ちた者……というわけだ。」
「僕、ウィルフレッド・メイフィールドという存在を
確かにするものといえば間違いなく"この点"だな。」
記録するのであればこの点を抑えておくと良い。
そんな風に自信ありげに男は笑って口を閉じる。
どうやら彼の自己紹介はひとまず終わったようであった。