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記録者: 新庄 瞳 (ENo. 201)
Version: 7 | 確定日時: 2026-02-15 04:00:00

「ね、この部屋とかどう思う?ちょっと家賃気持ち高いけど…」

私は、そういいながらタブレットの画面を茶太郎に見せる。
今私は、新しく2人で住むための新居探しをしているところで。


茶太郎とは、あれから、無事に帰って、毎日、2人で支え合って生きている。と思う。

けれど、帰ってから、茶太郎が毎日、どこかしらで苦しむようになった。
ふとした時に、息を吸う音が、吐く音が、限りなく短く、浅くなって。
見えない心の中の傷が、触れられすらしない傷が酷く痛むように、苦しそうな声をあげる。

仕方がない筈だ。無理もないはずだ。
大切な人を喪うということは、触れて、くっついていた部分が、全部一気に剥がれていくようなもので。
その傷は身体に、心に一気に現れる。

私は、その度に抱きしめて。優しく背中を、頭を撫でて。
そうやって、茶太郎がなるべく安心できるように、して、待っていた。

ただ、仕事で家を空けてしまってる時にそうなってしまうと、どうしようもないのは想像に難くないだろう。そういう時は、
私にはそれが、どうしても痛くて堪らなかった。

もう、どうにもできないのが辛くて。あまりにも辛そうなのが痛くて。

1度は、終わりの提案もした。

本当に、あまりにも苦しそうだったんだ。だから、一緒に行こうって。
けれど、茶太郎は、私によって、それを拒んだ。

私のことを死なせたくない、だって。
なんて、なんて健気なんだろうと。私は、私がどうなろうと構わないのに。どこまでだって、茶太郎についていく、そんなつもりだった。でも、茶太郎はそれを拒んだ。
私は、その時の自分の提案を悔やんだ。あまりにも、私の考えが浅はかだったと。

そうして彼は、自身の辛さよりも、私を優先してくれた。

だから。どうにかできないか、毎日試行錯誤して。
何とか家にいる時間を増やしてみたり、過ごす部屋を一緒にしてみたり。
回せる隅々まで頭を回転させて。

そうして、しのぎしのぎと毎日を過ごしていたけれど、…最近、少し自分の限界が見えてきた。
どうにもならない壁が目の前に見えてきたような、そんな気がした。

今まではどうにかしてこの家に留まる事を考えていたけれど、日々、苦しみの中でできることがなくなっていく。
そして、このままじゃダメなんじゃないか、という疑念は留まることを知らなくて。と、いうより、本当にこのままじゃダメなような気がした。

そこで、最後の砦として考えていた、生きる環境を変えるという決断を。
私は、最後に茶太郎に、持っていった。

そうして、今は茶太郎に色々聞きながら、2人の理想の部屋探しをしてみている、というわけである。

ちなみに、今見せている画面に映っているのは、ガレージのついた大きめの賃貸物件。
部屋の数も申し分なく、広いリビングに、ピカピカの広いキッチン。
それから、大きなお風呂場も高級感のある造り。
そして何より、リビングには南向きの大きな窓があって、そこから差し込む日が、とても暖かそうで。
きっと、私にも、茶太郎にもぴったりだと思った。

実は、と言うには分かりきった話なのだが、茶太郎があれから、お風呂場に行けなくなってしまった。
茶太郎は無理もないだろうし、無茶もさせたくない。それに、私も、行くのが怖い。
お風呂場は、"あの事件"が起きた場所。私も、行けばフラッシュバックも起こすだろうから、わざわざそこに向かう気すら起きないのだ。

けれども、どうしてもお風呂には入らないといけない。ここ最近は、人がいない時間に銭湯に行ったりしてなんとか過ごしてはいるが、だからといって、私が稼げてるわけでもないせいで、ずっとこの生活を続けるわけにもいかなかった。
それに、いくら人がいない時間帯でも、人が来ない保証もない。そうすると、続ければ続けるほど、茶太郎にも危険が及んでしまう。

それに、仕事も今のままでいるわけにもいかなくて。
今のように、外に働きに行く形だと、どうしても茶太郎を家に一人残してしまうことになる。
それは、茶太郎にとって耐えかねない孤独感を与えてしまうことは、想像に難くなかった。

なんとか今の家でできる仕事を探してはいたものの、それでもやはり限界がある。

そこで、ガレージだ。
ガレージさえあれば、道具はそこに置けばいいし、防音だって抜群だから、派手な作業だって出来る。
つまり、家に居ながら仕事をすることが叶うというわけだ。
もう、私にとっても、茶太郎にとってもきっと、悪くない話だと考えて、思い切って私は、今回の話を持ちかけたのだ。

そうして、私は茶太郎に、この家への引越しの提案をした。

茶太郎は、一度は深く考え込んだ。
だって、この家は彼と、

幾一とずっと過ごしてきた、思い出の詰まった家だった。

きっと、すごく苦しかったと思う。
引っ越しという選択は、また茶太郎に1つ傷をつけてしまうかもしれない。
でも、この状況を打破するには、これしかないんじゃないか、と私は考えていた。

苦悩の末、だと思う。茶太郎は、引っ越しに、いいよ、と言ってくれた。


その日から、私が幾一の私物や荷物なんかを、1つずつ、丁寧に、綺麗に段ボールにまとめたりして。
茶太郎には、私の私物とか、家の物の片付けなんかを少し手伝ってもらった。

全部持っていこう、と私が提案したのだ。幾一の私物も、思い出の品も、飲みかけの酒瓶ですら。
それですら、全てが、彼の生きた証。彼が、私たちのもとで生きていてくれたという、何よりの証拠。
気持ちに折り合いが付かなくても、ついても。
私たちが困らないんだから、そのまま一生、持っていれば良いと、そう思ったから。

引っ越しの準備は、大変だった。
やっぱり、茶太郎が苦しくて、中断せざるを得ない時があった。しかたがないというか、そういう時は私もしんどい日が多かった。
だから、いっそ紅茶なんかを淹れて、ビーズクッションなんかの上で2人で過ごしたり、もう昼間からベッドに入っちゃったり。
落ち着くまで一緒に居て、落ち着かなくても、ずっと一緒に居たり。そうして、ゆっくりゆっくり、引っ越しの準備を済ませていった。

引っ越し自体は、案外スムーズに済んだ。
もう全部、図面なんかを作って渡しておいたから、運び込むのは業者の人に全任せ。
そうして、私たちは2人で、私の車で休んでいた。

終わりの電話をもらって、部屋に向かって、鍵を受け取って。
そうして、ダンボールが山積みの、大きな部屋に、綺麗で大きな窓。温かい日差しに照らされて、私たちの新生活はスタートした。

しばらくは慣れない環境のせいで、ぎこちない生活になるだろうけど、きっと、きっと何かは変わる。
それが良くても悪くても、何かのキッカケになればいいな、と、考えながら私は、この後のご飯の準備を張り切って始めるのだった。