【過去編B】
【“改革”の裏で哭く声を】
【2.掴めるもの、零れ落ちたもの】
◇
隣の部屋は閉ざされている。
鍵の魔法をアルカが見抜き、
キィランの魔法破壊で解除した。
そこには様々な機器が置いてあった。
青く光る縦長の水槽みたいなものもあった。
金属質のベッドの近くには、
血と針のついた硝子の筒が散らばっていた。
ベッドには、身体を拘束する目的らしき
ベルトも付いていた。

「…………察するに」
ふーむとアルカが顎に手を当てる。

「改造人間の子たち、
ココで色々とされてたな?」

「さっきの資料室にもあったんだけどさ。
あの子たち、無理やり薬を注入されたり
身体を切られたりしていたらしいぜ」
拘束ベルトのついたベッドも、
縦長の水槽も幾つもある。
ここは実験場、といった
ところなのだろうか。
地面には所々、
錆色の液体がこびりついていた。
そんな非道な行為もまた、
「必要な犠牲」と魔局長は言うの?
魔局長の邪悪な一面を見られる部屋。
シャルティオの気持ちは色々と複雑だ。
と。不意に、

「…………だれ?」
幼い声がした。
開いた扉の向こう、
シャルティオよりも小さな子供が、
茶色の髪を揺らしていた。
その首には、鮮やかな赤色の呪紋が刻まれていた。
あぁ、と理解する。
魔局長が倒された後、
逃げ遅れた改造人間の子かも知れない。
ならばこの子は保護対象だ。
シャルティオは身を屈めて、
その子と目線を合わせた。

「私は……この国の新しい王様だよ。
シャルティオ・アンディルーヴと言うんだ。
君はここに住んでいた子かな?」
そうだよ、と子供が頷く。

「ぼくはアイン!
“せいこうさく”なの!
あのねおうさま、おうさま、あのね?」
子供の茶色の瞳が、王を見上げていた。

「……おうさまが、
わるーいせんせーをたおしてくれたの?」
悪い先生。魔局長のことかな。
あぁとシャルティオは頷く。
そっか、と子供はにこにこ。

「うれしい!
ぼくら、せんせーのせいで、
たいへんだった! ありがとう!」
きゃあ、と子供がシャルティオに抱きつく。
ぽっかぽかの子供体温。
こんな子に感謝された。
善いことをしたのだとシャルティオは思えた。
笑顔浮かべてその子を抱きしめ返した時、
身体の上部に、熱を感じた。

「きゃははははっ!」
子供が、シャルティオの
右の鎖骨の辺りをナイフで突き刺して、笑っている。
子供の呪紋が赤く光った。
子供は狂ったように笑っていた。

「さっきのは嘘だ! 嘘だよ!」

「お前が! お前が先生を殺した!
僕の大事な先生を殺した!
先生は僕に居場所をくれた人なのに!
出来損ないの王様め!
よくも! よくも!」
一撃では終わらない。
二撃、三撃。ナイフが突き立てられる。
シャルティオの血が派手に子供に掛かった。
──その穢れし猛毒の血が!

「シャル様!」
割って入ったキィランが
子供の手からナイフを叩き落とし、
アルカが傷を受けたシャルティオに駆け寄った。
アルカに毒を浴びさせまいと己の力を制御しつつも、
痛みの中でシャルティオは見てしまった。
──毒血を浴びた子供の服が肉が溶け、
絶叫を上げる様を。

「………………ぁ」
子供は暴れ悶えながら絶叫している。
シャルティオに怨嗟の声を撒き散らしている。

「お前が......! 余計なことしなければ……
先生を殺さなければ……! 僕ら……
穏やかに笑ってられたのに…………ッ!

「お前のせいだ!
お前が、お前がぁッッッ!」
アルカの治療を受けながら、
シャルティオは固まっていた。
その言葉に殴られて、
毒血で溶けて死に逝く子供から目が離せなくて。
どうして、だの
そんな言葉が口からもれた。
失血と激痛で飛びそうになる意識の中で、
シャルティオはそれでもその子供を救いたくて、
子供に掛かった毒血を
無害化したくて藻掻いた。
されど、そんな状態で
アルカの力に抗える訳もなく。

「僕は……
僕の…………理想は…………」
地獄の光景を目に灼きつけながら、
その意識は闇へと。
◇
刺されたのは右の鎖骨の上部。
アルカの懸命な治療もあったが、
以降、シャルティオは
右腕を動かすのが難しくなった。
また新しい傷も障害も増えた。
フラウィウスの皆に心配されてしまう、な。
ベッドの中で、シャルティオは思う。
迷う、惑う。己の“正義”が分からなくなってくる。
己の成していることは、本当に正しいことなのか?

(──僕の理想は、間違えていたの?)
心の中で、首を振った。
否。それを否定する訳にはいかない。
それを否定してしまったら、
自分に後を託した兄フェンドリーゼに、
自分の理想に破れた魔局長ルフィードに
申し訳が立たなくなる。
ならば、考えるべきは。

(……“全員”が
傷付かない改革なんて、ないんだ)
魔局を解体して、
改造人間デイズは救われたという。
その厄介な病魔から解放された彼は、
今はもう苦しまないで生きていける。
その感謝の言葉を聞いている。
“デイズにとっては”、
この改革は良きものだったのだろうな。
されど。

(…………アイン)
あの子供を思い返す。
あの子供は、
『先生は僕に居場所をくれた』と言っていた。
その先生を殺して居場所を奪ったのは
シャルティオだ。
『お前のせいだ』と向けられた怨嗟が、
己の毒血で溶け崩れていくその身体が、
頭にこびりついて離れない。
“アインにとっては”この改革は
許されざる巨悪だったのだろうな。
自分の成すこと。
シャルティオ王の“大改革”。
誰もがみんな笑える国なんて、
作れる訳がない。現実を知る。
“誰もが笑える世界”ではなく、
“誰が”笑える国を作るのか?
大事なのは全てを救おうとすることではなくて、
救おうとしたものを
取りこぼさないことなのだろう。
だから。

「…………あの子たち、を」
保護できた改造人間たちが
これ以上傷付くことがないように動くこと、
それが大事なのだと思考する。
最初からその手になかったアインのことを
悔やむよりは、他にもやるべきことが。

「……………………」
頭で理解こそ出来たけれど、
心はボロボロに傷付いてしまった。
だからシャルティオは毒血を特別な薬に変えて、
強引に意識をシャットダウンした。
◇
動きにくくなった右腕のリハビリをした。
それでもやっぱり上手く動かなかった。
シャルティオは、利き腕ではない
左腕を動かす訓練をした。
王の大怪我に、王宮は揺れた。
シャルロッテ妃は王をとても心配し、
献身的に尽くした。
王の腕の麻痺の話を聞いて、
シャルロッテのいた国である
セラン王国の王兄ファブリツィオが、
とある魔道具を贈ってくれた。
グローブ型のその魔道具は、
シャルティオの握力を強化してくれた。
それを嵌めている時のシャルティオは、
以前のように右手でダガーを握ることが出来た。
さてさて。魔局解体から半年。
変わらず、無数の問題が山積しているけれど。
王宮魔導士シルヴィレントを始めとして
自分の掲げる理想に共感する
新たな仲間も増えてきて。
苦難だけとは言えなくなって。
新たに法を整備して、
罪を犯した者は
魔導士非魔法民問わず裁けるようにして、
戸籍法も新しく制定して、
隣国との外交にも奮闘して、
努力を重ねて、
改革を積み上げて、積み上げて。
そんな中のふとした休憩時間に、
麻痺した右腕を左腕で撫でながら、
若き革命王は思考に沈む。
脳裏に浮かぶのは、
己の理想の為に殺さざるを得なかった魔局長と、
己に傷と気付きを与えた少年アインと。
全てを救える訳じゃない。
改革には痛みと犠牲が付きもの。
大事なのは全てを救おうとする博愛ではなくて、
何を選び取るのかの取捨選択と、
選び取ったものを守り切る覚悟。
己は一国の王でこそあるが、
神様なんかではないのだから。
一連の出来事で、学んだ。
取りこぼしたものには、
手のひらから落ちたものには、
執着しない方が良い。
掴めるものには限りがあるんだから。
改革の裏で哭く声がある。
それを忘れてはならないが、
その声に誘われて
歩むべき道を見誤る訳にもいかない。
痛みを抱えて、傷を抱えて、
それでも僕は。

「──この道を歩むと、誓ったから」
ね、と周りを見れば。
キィランが、アルカが、
シャルロッテが、強く頷いた。
己の側近と、大切な妻と。
彼らが支えてくれるから、
この険しい道でもまだ、歩いていけるんだ。
何処かで梟が鳴いていた。
夜が完全に明けるには、まだ早い。
【完】