Chapter05-05

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2026-01-18 04:00:00

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あなたの答えを聞いて、吸血鬼はそっと瞳を伏せた。
その影は短く、すぐにまた赤い光がこちらへ向けられる。

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「“どう測るか”って、結局は相手の行いでも言葉でもなく──
 あなた自身の基準でしか判断できないのよ」

細い指先が自分の胸元を軽く叩く。

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「どれだけ尽くされても、
 “愛されている”と感じない人は感じない。
 たったひと言でも、“愛されている”と確信する人だっているでしょう?」

彼女は小さく笑い、しかしその目だけは本気であなたを観察していた。

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「愛を測る基準って、自分の弱さとか、欲深さとか──
 本当の自分が一番よく分かっている“欠けている場所”
 なのかも知れないわね?」

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「誰にどれだけ満たしてほしいか。
 何を与えられたら安心するのか。
 それが“あなたの愛を測る物差し”になる──とかね」

そこで吸血鬼はふと視線を横にそらし、
真っ白な空間の奥にある、あなたには見えない何かを覗き込むように瞬きをした。

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「……あら。そろそろ終わりみたいね」

「次が最後のトイカケだわ。
 ……あなたにとっての“今回”の、ね」

すっと姿勢を正し、赤い瞳がまっすぐにあなたを捕らえる。
まるで“あなたそのもの”を問うために。

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「ねえ──最後に教えて?
 あなたが望む“愛の行き先”はどこ?

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「あなたが欲しいのは、どんな“結末”の愛?」

──あなたが望む愛の行き着く先は、どこですか?
Answer
「あいの いきさき?」
結末。地面が少し歪んだ気がする。
呼吸が浅くなりそうになり、ひとつ息を吸って、吐く。
喉の奥で言葉を選ぶような沈黙のあと、勇気を振り絞ったような声。

「ほんとうのことを言うとね、
 ……僕は、一回だけ……"後を追っていいよ"って言われたんだ。
 茶太郎は寂しがりだから、すごく寂しくて、つらかったら、それでもいいよって」

自分を抱きしめるように、腕をギュッと抱えて。
指先に力が入って、上着が突っ張るように皺をつくる。

「でも最後の最後で……その人は僕に、"生きて"って言った。
 愛してるって言葉と一緒に。
 ……それだけを残して、行ってしまった」

小さく震える。あまり思い出さないようにしてきた、最期の記憶だ。

「どっちが本音なのかなんて、たぶん誰にも分からない。
 幾一自身だって分かってなかったかもしれない。
 だけど僕は……あれが、幾一が渡してくれた愛の全部なんだと思ってる」

ゆっくりと顔を上げる。誰に聞かせるでもなく、自分の気持ちの整理のために吐き出しているような言葉達。

「僕、さみしいんだ。
 冗談とか比喩じゃなくて、"死ぬほど"さみしい。
 ……だから追ったんだ、あのとき」

淡々としているのに、重さだけが残るような声。

「死んだって本当に会えるかなんて分からない。
 でも少なくとも、"さみしいと感じている僕"はいなくなる。
 それだけは確実だと思った。
 寂しいのも、苦しいのも、ここが痛いのも終わる」

胸のあたりを抑えるような仕草。

「でも……生きていればさ、
 幾一の記憶も、声も、手の温度も、まだ、僕は思い出せるんだ」

胸の前でぎゅっと握りしめていた拳をゆっくり開くように力を抜いて。

「もし僕が死んだら、あの人の言葉も、好きだったものも、僕だけに見せた表情も、体温も匂いも、全部全部、消えてしまう。
 それだけは、嫌だって、思ったの」
茶太郎は知らなかったが、それはひとみんが……医師の問いかけへ答えた内容と一致していた。

「だから僕が望む愛の行き先はね──
『生きている世界で、あの人をまだ、終わらせないこと』なんだと思う」

静かで、淋しくて、でも曇りのない言葉だった。

「もう触れなくていい。
 もう会えなくていい。
 彼は楽になった、自由になった。
 ……願いを叶えた。
 けど、まだ……もう少しだけ、
 僕が生きている間は、いなかったことにはしたくない。
 それが僕の、愛の結末」

息をひとつ継いで、最後に。
「本当は、ただ一緒に生きていたかっただけ、なんだけどね」

ぽたり、と一粒だけ涙が落ちる。

「…だからね、僕は……ひとみんと一緒に帰りたいんだ。
 ちゃんと、生きたまま。
 こんな、ボロボロで、立ち上がるのにも時間がかかって、貰った分の愛情を返せてるのかも、わからない僕だけど……
 ひとみんの隣に戻って、くだらないことで笑ったり、文句言われたりして、
 その先にあるものをちゃんと見たい」

溢れそうになる涙を袖で拭って。

「だってさ。僕が欲しい“愛の行き先”は……死んで消えてしまう場所じゃなくて、
生きて、まだ、続いていく場所なんだと思う。
深く沈んで終わるんじゃなくて……一緒に浮かんでいられる場所」

茶太郎は、赤くした瞳で前を見据えて。静かに言い切った。

「これが、答えだよ」

その言葉が落ちた瞬間、白い部屋の奥で空気が震えた。

ぱき、と乾いた音が、隣から聞こえる。
壁面を走る細いひびが、さっきよりずっと速い速度で広がる。

罅割れる音と、驚いた表情がこちらに向いているのがヒビの隙間から見える。

茶太郎は息を呑んだ。
壁の向こうにも、無数の……同じ問と、同じ時間があって。
誰かが同じように心を抱えて、同じように答えを探しているのだと。

「……ひとみん」

呟いた瞬間、空間の奥で音が重なった。
ぱりんっ、とガラス質が弾けたような破裂音。

壁面の中心が内側から圧をかけられたように湾曲し、
光が縫い目の間からこぼれる。

そして茶太郎は理解した。
壁の向こうでも、ひとみんが答えを出したのだと。
それがどのような答えであっても、2人の道は同じ方向を向いているはずだと、直感的に理解する。

そしてとうとう最後の層が砕け、破片は光へと変わり、雪が溶けるように消えていった。

白い部屋と向こう側の部屋の境界がひとつに交わる。
茶太郎は思わず腕を伸ばす。
赤い糸で繋がれた指を、ひとみんに向かって伸ばす。
壁があった場所に触れても、もう冷たい硬さはなかった。
彼女のあたたかい指先が、そっと触れた。