Chapter05-04

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2026-01-14 04:00:00

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「……ええ。なるほど。とても良いわ」

彼女は椅子の背に淡く寄りかかり、足を組み替える。
ゆったりとした仕草なのに、その赤い瞳だけはどこか鋭く、
あなたの胸の奥を探るように光っていた。

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「“差し出す”という行為はね、
 裏返せば“奪われてもいい”という覚悟なのよ。
 時間を奪われても、血を奪われても、自由を奪われても──
 それでもいいと思えるほど誰かを好きになる。
 それが、愛の輪郭を決めると私は思っているの」

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「だから、どこまで差し出せるか──
 その答えは“あなたがどんな愛を求めているか”を暴いてしまう

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「……忠告でも何でもないわ?
 ただの私の持論で、ただの老婆心と思ってもらって結構よ」

コン、と靴先が床を軽く叩く。
それは思索の区切りでもあり、次へ続く扉のノックのようでもあった。

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「ねえ。差し出せる量が“あなたの愛”を示すのだとしたら……
 じゃあ、“相手の愛”はどう測ればいいのかしら

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「どうしたら誰かの“愛の深さ”を確かめられるのかしら?」

──あなたは相手の愛を測るためにはどのような事が必要だと思いますか?
Answer
愛の深さをどう測るか。
その問いに、茶太郎は、困ったように眉を下げて。
視線もおとして、赤い糸を見つめて。
指先で、縫い目をなぞる。

「……測らなきゃ、いけないって思うとね」
ぽつりと、落ちるような言葉。
「すごく、怖くなる」

少しだけ目を伏せて。顔を上げられないまま、続ける。

「それを考えようとすると“本当は愛されてなかったらどうしよう”って、思ってしまうんだ」

苦しげに息を吐き出して。

「僕に合わせてくれてるだけかも」
「僕なんかのこと、愛してくれるはずない」
「僕より、もっといい人がいる」
「僕が、僕じゃなきゃよかった」

そんな考えが頭をよぎるのを、
茶太郎は、はっきりと拒むように首を振った。

「……でも、いいんだ それはさ、僕の弱さだから
 誰かになんとかしてもらったり、測るようなものじゃない」

ようやく顔を上げる。
アマリエを見る目は、静かに透明で、逃げていなかった。

「僕が知りたいのはね
 その人が、僕のそばで、ちゃんと息ができるかどうか
 笑ってるか、というか……そうだね、"無理に笑わないでいい顔"も、できてるかどうか、かな」

疲れたときに、弱ってるときに、
無理に優しくならなくていいか。
強いふりをしなくていいか。

「僕のために何を失ったか、差し出したか、じゃなくてさ
 僕と一緒にいて、その人が……何を、失わずにいられているか」

まっすぐな言葉に続けて、
少しだけ、声のトーンが落ちて。

「もし、僕の前で、その人が自分を削り続けてたら……
 それは、深い愛じゃなくて、沈んでいく愛、なんじゃないかなあ……」

そう溢れるように話せば、暫く黙ってしまって。
白い部屋は静けさに包まれた。

胸のうちには、幾一やひとみんがいた。
彼らが日々をどう過ごしていたか。
ちゃんと僕に、辛いや苦しいを我慢しないでいてくれたかどうか。
それを思い出していた。

ひとしきり想いを馳せた後に、茶太郎は続ける。

「だから、相手の愛を確かめるなら
 "どれだけ差し出してくれたか"じゃなくて……
 差し出してくれたあとも、ちゃんと"そこに立っていられるか"を、見るかな」

それは、願いみたいな答えだ。
同時に、祈りでもあった。
自分が、誰かをそうしてしまわないように。
誰かが、自分のために削り過ぎてしまわないように。

幾一がどうだったかは、もう、過去の記憶から想像するしかなくなってしまったけれど。

「ひとみんはさ」

そこで、一瞬、言葉が詰まる。
気の利いた言い方を探そうとするけれど、上手くいかない。

「……自分の愛を、証明しようとしない人だもん」

お金を得るために働き、殴られて、傷ついても、
それを“愛の証”だなんて、きっと思っていない。

「ただ……一緒にいて、一緒に眠って」

「愛してるから、だなんて、恩着せがましくなりそうな言葉をなげるわけでもなく……ただ、それでいい、って思ってる人だから
 そうしたいからそうしてる。って……ただ、それだけ」

茶太郎は、半透明の壁に目を向けたまま、続ける。

「ひとみんの愛はさ……
 僕に何かを“してくれる”ことで、分かるんじゃないと思ってて」


「僕が壊れそうなときに、何も言わなくても、そばに寄り添っててくれるとことか……
 無理に励まそうとしないし、僕を変えるために正しいことを言うわけでもなくて
 ……でも、ただ、離れないでいてくれる」

「それだけで、もう……十分すぎるくらいなんだよね
 本当はどうか、なんて、考るだけ、野暮っていうかさ……」


「だから、もし、相手の愛を測るなら」

ゆっくりと、言葉を選ぶ。

「その人が、僕の前で……
 “いなくならなくていい”と思えてるかどうか、かな」

自分をすり減らさなくても、
強くならなくても、
逃げなくても。

「ここに居ていい、って思ってくれているかどうか」

茶太郎は、最後に、壁の向こうへ向かって、
ほとんど祈るみたいに、呟いた。

「……ひとみんは、きっと、そう思ってくれてた
 きっと、幾一も」