Chapter05-01

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2026-01-07 04:00:00

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あなたがふと気が付けば、真っ白な部屋に居た。
そこには椅子がひとつ置いてあるだけで、他に何もない。

変わらぬ様子のその部屋の、ただひとつの椅子に腰を掛けると──
あなたの向かいには、まず鮮やかな赤色が揺らめくように浮かび上がる。

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「──あら。今日も来てくれたのね?」

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「それとも〝今日のあなた〟は初めてのあなた?
 一体此処の時間軸はどうなってるのかしら、本当に面白いわ」

くすくす、と透明な鈴のような笑い声。
少女の姿をしたそれは、あなたを値踏みするでもなく眺め、
こちらの反応を楽しむように言葉を紡ぐ。

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「あなたも分かっているでしょう?この部屋はいつでも
 同じところに戻る事ができる・・・・・・・・・・・・・のよ」

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「思索を重ねた後、また同じ質問に答えたいとき、
 そうあなたが望むなら、あなたはまた同じトイカケを受ける事が出来る」

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「──考えは日々変わるものよ。
 常に同じ答えを出し続ける生き物なんてきっと存在しないわ。
 今を語る、今を自覚する、そのためにこの部屋を使えばいいのではなくって?」

歌うように紡がれた言葉は、どこか甘く、どこか寂しい。
まるで無窮の眠りの中で、何度も同じ思索を拾い直してきた者の声音のようだった。

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「私はアマリエ。とある世界の吸血鬼よ。
 ずぅっと昔に封印されてるから、きっと誰も私を知らないわ」

さらりと自己紹介を流し、あなたの名前を問う事はしない。
いつかに知ったのかも知れないし、この部屋の性質を知っているが故
わざわざ訊く必要も無いとしているのやもしれない。

そうして吸血鬼は、何も迷う事も無くトイカケを紡ぎ出す。

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「私はずっと同じ事を問い続けている。
 一意に定まる答えが無いと知っているけれども、
 それでも追及する事に無駄は無いと思っている。

 あなたにとって答える価値が無いなら目を閉じてご覧なさい?
 きっと元のところに戻れるわ」

ふと、吸血鬼の紅い瞳があなたを真っ直ぐに射抜く。
その奥には、何百回も、何千回も、この思索を繰り返してきた気配が宿っている。

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「ねえ、あなたにとって──愛ってどんなもの?


──あなたにとって愛とは何ですか?
Answer
茶太郎がふと気が付けば、そこは真っ白な部屋だった。
壁も、床も、天井も、どこまでも色を持たず、境界すら曖昧で。
置かれているのは、中央にぽつんとひとつの椅子だけ。

静かすぎるほど静かな空間。
息をする音さえ、吸い込まれて消えてしまいそうだった。

……特に、変わったことはない。
少なくとも、そう思った、その瞬間までは。

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「──いたっ」


左手の薬指に、ちくりとした痛み。
反射的に手を引き寄せると、そこには赤い糸でできた“何か”が、
まるで縫い留めるように、指に結ばれていた。

こんなものをつけた覚えは、ない。

なのに、不思議と「異物だ」とは感じなかった。

茶太郎は首をかしげながら、その赤を見つめる。
細く、頼りなさそうで、けれど確かにほどけずにそこに在る糸。
それを見ていると、胸の奥が、ゆっくりとほどけていく。

ここがどこなのか分からなくても。
なぜ呼ばれたのか分からなくても。
──ひとりじゃない、という感覚だけが、確かに残った。

白い部屋の中で、
赤い糸は、静かに、指輪の代わりのように光っていた。

茶太郎はそのまま、椅子に腰を下ろす。
この糸がある限り、自分はきっと……
安心して、ここで問いを受け取れる。
問いかける側であっても、
問いかけられる側であっても。
心は、不思議なほど、穏やかだった。


今回のトイカケの相手は、アマリエという吸血鬼だった。
開幕、今日も来てくれたの?と、話しかけられた。
「あなたも分かっているでしょう?この部屋はいつでも
 同じところに戻る事ができるのよ」

「思索を重ねた後、また同じ質問に答えたいとき、
 そうあなたが望むなら、あなたはまた同じトイカケを受ける事ができる」
つまり、時間軸ですらここではちぐはぐで、どこで結びつき、解け、また結びつくかはわからない、ということだった。
そして一度会えたものなら、もう一度会うこともできる、と
今は有効的な使い方は思い浮かばなかったが、そうか、彼らとまた会うことができるのだ。とおもうと、少しだけさみしい気持ちも和らいだ。

今回のトイカケをはじめよう。
──あなたにとっての愛とは?

茶太郎は、少し考える。
すぐに答えが出る問いじゃないことは、分かっていた。
赤い糸が結ばれたままの薬指を、無意識に親指でなぞる。

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「……愛、かあ」


視線を上げて、アマリエを見る。
試すようでも、裁くようでもないその瞳に、逃げずに向き合って。
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「たぶん……最初は、欲しかっただけなんだと思う」


ぽつり、と。

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「一緒にいてほしいとか。
 離れないでほしいとか。
 自分を選んでほしい、とか」


自嘲するように、ほんの少し笑った。

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「でもね、それだけだと……壊れちゃうんだ。
 相手も、自分も」


一度、言葉を切る。
胸の奥に触れるように、慎重に続ける。

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「だから……途中から、変わった
 相手が笑ってるかどうか。
 苦しくないか。
 ちゃんと生きていけてるか。
 それを一番に考えるようになった」


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「……自分が、そこに一緒に居られなくても」

赤い糸が、かすかに揺れる。
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「それで、幸せになってくれるなら……
 それで、いいって思えた」

しばらく沈黙してから、静かに結論を置く。
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「たぶん、僕にとっての愛って――
 “交わった時間が、誰かの世界を少しでも生きやすくすること”なんだと思う」

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「一緒にいても。
 離れても。
 形が変わっても」

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「思い出して、少し呼吸が楽になるなら。
 前に進めるなら」

視線を落とし、椅子に座ったまま、穏やかに言う。
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「それはもう、愛だったって言っていいんじゃないかな」

そして、最後に小さく付け足す。
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「……だからこの部屋に呼ばれたなら、
 僕は、悪くないなって思う」
 ここでのトイカケが、
 誰かの答えを、少しだけ軽くできるなら」

赤い糸に守られた指を、そっと握りしめて。
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「それで、僕は十分だよ」