Chapter04-fin

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2026-01-07 04:00:00

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あなたの言葉聴いて、
魔女の弟子はしばらく静かに部屋を見上げていた。
先ほど見ていた方に視線が移ると、あ、と小さく零して、
あなたが視線を動かせば、部屋の端が水に滲むように消えてくのが見えたろう。

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「……うーん、なるほど。あの現象……言語化するのが少し難しいですが、
 多分、視覚的な輪郭と空間認識の情報が、瞬間的に再構築されているのだと思います。
 物理的な消失や崩壊というよりも、知覚のレイヤーが重なり合って、境界が滑らかに溶けていく感じ……
 つまり、僕たちが普段認識している『空間』というものは、あくまで脳内で組み上げたモデルであって、
 この部屋はそのモデルの外側にある現象をわずかに、でも部分的に見せているのでは……」


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「あっ、すみません……。
 ええと、どうやらこの部屋は今回は役割を終えた……みたいな、そう言う事なのかもしれません」

やや恥ずかし気に頬を掻いて、けれども気になるのは変わらないらしい。
そわりと溶けて行く景色を見て、投げかける言葉もどことなく好奇の色が滲んでいた。

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「ひょっとしたら、僕が何かの条件を満たした瞬間に、部屋が終了を決めた……?
 いや、でもあなたが答えたことも絡んで……あああ、もう一回最初から整理……!」

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……ああ、でも待ってください、あの瞬間の視覚情報の変化とか、
 境界の消失タイミングとか……
 あれ、もしかして僕の推論が部分的に正しかったんじゃ……!

視界がゆったりとぼんやりして、魔女の弟子は抗うように見開いて、
それでも最後にこちらをちらりと見て、ぱっと笑った。

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「あっ、あっ……妙にテンション上がっちゃいました。へへ……。
 えっと……じゃあ、そろそろ元の場所に戻らなきゃですね。
 いや、戻ると言うより、“戻される”ですかね、たぶん」

彼は急に慌てたように視線を宙に泳がせ、
片手を振ってあなたに向かって叫ぶように言った。

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じゃあ、あの……さようなら! またどこかで──
 あっ、いや、巻き込まれるのは勘弁ですけど、
 お会いできたら……その時はよろしくお願いします!


そんな声は反響もせず、目覚めるように夢幻のなかに。

それで、次に瞬きした後には。
あなたはあるべきところに戻っていたのだろう。

ここトイカケはありません。回想や感想を自由に記入したりしなかったりしてください。
Answer
魔女の弟子の姿が、完全に消える。
声も、足音も、反響すら残さずに。
まるで最初から、そこに「誰かがいた」という事実だけが、
あとから思い出として、静かに貼り付いたみたいに。

白い部屋は、まだ在った。
けれど、さっきまでよりもずっと広くて、ずっと薄くて、
――とても、寒かった。

温度が下がったわけじゃない。
けれど、確かに、胸の奥から何かが引き抜かれたような寒さだった。

茶太郎は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

動こうと思えば動けた。
座ろうと思えば、座れた。

でも、何かを「してしまう」と、
この場所と、さっきまでの時間ごと、切れてしまいそうで。

ただ、呼吸だけを確かめる。
吸って、吐く。
胸が上下する。
……ちゃんと、生きている。

「……終わった、のかな」

小さく呟いてみても、答えは返らない。
当たり前だ。
ここは、問いが投げられる場所であって、
返事をくれる場所じゃない。

ふと、寂しさが込み上げる。
さっきまで確かに
“一緒に考えていた誰か”が、もういない。
置き去りにされたみたいな、
でも、見送ったとも違う、
名前のつかない感覚。

「……幾一」

名前が、勝手に零れた。
呼んだからといって、現れない。
それでも、呼ばずにはいられなかった。

白い床に、膝をつく。
影が揺れる。

自分の形をしているはずなのに、
どこか、頼りなかった。

「……助けたかったよ」

声が、掠れる。

「しあわせになってほしかった。
 ほんとに」

その瞬間、
頭じゃなく、胸の奥が先に思い出してしまう。

幾一の声。
ふざけた言い方。
どうでもいいことを話していた時間。
くだらない冗談に、つられて笑ってしまったこと。

「……きーち……」

思わず、言葉が零れる。

「なんで、あんなに……
 どうでもいい時間が……」

言葉が、途中で折れる。

「……今になって、
 こんなに……」

続きが、言えない。
重い、なんて言葉じゃ足りなくて。
大事、なんて言葉じゃ軽すぎて。

一緒にいた。
ただ、それだけだった。

何かを成し遂げたわけでもない。
救えたわけでもない。

それなのに。
胸の奥が、
内側から引き裂かれるみたいに痛む。

「……置いていったくせにさ」

責める言葉なのに、
声は、ひどく、やさしい。

「こんなの……
 ずっと持っていくしか、ないじゃん……」

透明な雫が、ぽたりと落ちる。
一つじゃない。
止めようとしても、止まらない。

「……守れなかった……」

掠れた声が、床に落ちる。

「止められなかった……
 選び直せなかった……」

一つ言うたびに、
胸が、ぎゅっと締めつけられる。

「……それでもさ」

息を吸おうとして、
上手く吸えない。

「……いなかったことには、
 できないじゃん……」

幾一がここにいたこと。
笑っていたこと。
触れていたこと。

それを全部、
なかったことにできたら、
どれだけ楽だったか。

「……重いなあ」

さっきより、少しだけ、深く。

「ほんとに……
 ずるいよ」

ぽたり。ぱた、ぱた。
透明な雫が床にいくつか落ちて、爆ぜた。

笑ってほしかった。
生きてほしかった。

それは、叶わなかった。

でも。

この苦しさは、
幾一が“生きていた証拠”でもある。

触れたこと。
呼ばれたこと。
必要とされた時間。

それが全部、
今も、胸の奥で暴れている。

茶太郎は、自分の胸元を、強く掴む。
逃がさない。
薄めない。
軽くもしない。

「……これさ」

息を詰めるように、続ける。

「罰じゃないんだよね」

幾一が生きて、ここにいて、
笑って、
残していったもの。

だから。

「……苦しいけど」

小さく、でも、確かに。

「愛おしいんだ」

白い部屋は、何も言わない。
それでいい。

正解も、救いも、
ここには必要ない。

幾一を想って苦しいこと自体が、
もう、答えだから。


その沈黙の中で――
ふと、別の気配が、胸の奥に触れた。

呼んだわけじゃない。

でも、思い出した。

「……ひとみん」

名前を口に出した瞬間、
ほんの少しだけ、息が入りやすくなる。

ひとみんは、ここにいない。
この白い部屋には、いない。
でも、現実の時間の中で、
今もちゃんと、生きている。

笑った顔。
困ったときの声。
何気ないやり取り。

「……ひとみんさ」

誰に向けるでもなく、続ける。

「僕が、立ち止まってるときでも、
 ちゃんと待ってくれるんだよね」

急かさない。
引きずらない。
でも、置いてもいかない。

「戻ってこいって言わないのに……
 戻れる場所を、残してくれてる」

胸の奥が、きゅっと縮む。
それは痛みじゃない。
“残っている関係”の重さだ。

「……つよいよね」

小さく、笑う。
幾一を失った。
それは、変わらない。

でも、全部を失ったわけじゃない。
白い床に、手をつく。
冷たいはずなのに、
さっきより、少しだけ、寒くない。

「……帰りたいな」

今度は、はっきりと。

「ひとみんのいるところに」

それは、逃げじゃない。
裏切りでもない。
抱えたものを、幾一を、抱えたまま、
生きるための選択だ。

茶太郎は、ゆっくりと立ち上がる。
足は重い。
それでも、立てる。

「……待たせちゃってるかな」

そんな言葉が、自然に浮かぶ。
白い部屋の輪郭が、
少しずつ、薄れていく。

問いは、終わった。

でも、茶太郎の中で、
答えはまだ、生きている。

誰かのしあわせを願ってしまうこと。
傷つくと分かっていても、
手を伸ばしてしまうこと。

そして――
傷ついて、ボロボロになっても、帰りを待ってくれている人がいること。

それら全部を抱えたまま、
茶太郎は、現実で生きたいと願う。
ひとみんがいる、
“続いていく時間”で。