Chapter04-05

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2026-01-07 04:00:00

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「もしそういう事なら──……」

あなたの答えを聞き、何か考え込むように魔女の弟子が視線を外す。
思考に入り込もうとしたところで、ふ、と何かに気付いたか
言葉を止めて部屋のある方──先の時にも見ていた方に目をやって、あ、と小さく零した。

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「……次の問いが最後みたいです。
 ほらあそこ……見えませんか?」

魔女の弟子が指し示す方には何も見あたらない。
〝あちら側〟の椅子に座った者にしか見えない、
カウントなのか、時計なのか、何があるのかは分からないが、
何にせよ次のトイカケが彼の最後のトイカケだろう。

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え、えーっと……何の話でしたっけ……。
 ……この部屋の話でしたね」

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「……この部屋がどういう目的のものか。
 あなたの言った通りかも知れないし、
 もしかしたら全くの的外れでもあるのかも知れない。
 答え合わせは僕たちには出来ないのが、ちょっともどかしいですね」

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「……ただ、この部屋が
 誰かが僕たちを見るためのものであった、なら──……」

魔女の弟子は、何かを見ようとするように顔を上げる。
自分たちを見る目を見ようとするように、部屋を斜め上に見上げていた。

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「あなたは……
 この白い部屋に“最後にひとつ言葉を残す”としたら、何を言いますか?


──あなたはこの部屋に言いたい事はありますか?

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「……僕だったら、そうですね」

一度唇を結び、考えを整えるように胸の前で指先を揃える。
迷いと、少しの怖さと、でも確かに自分の言葉を選ぼうとする意志がある。
言葉がまとまったか、再び観測者を探すように顔を上げた。

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「僕たちを選んだ理由が、どうか“意味のあるもの”でありますように」


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「……あ、次に誰かを呼ぶときは。
 その人が怖がらないようにしてあげてくださいね~……」


なんて緩い言葉を添えて、はにかみながら
あなたはどうですか、と視線が問い直した。
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茶太郎は、その問いを聞いて。
すぐには口を開かなかった。
言葉が出てこない、というより。
どこから答えればいいのか、わからなかった。

見えない“何か”を見上げる弟子につられるように、
白い天井――なのか、壁なのか、
それとも、ただ境界としか呼べない場所なのか。
判別のつかない白へと、視線を向ける。

そこに誰かがいるのか。
本当に、見られているのか。
それとも、最初から最後まで、
誰もいないまま動いている仕組みなのか。

分からないまま、
茶太郎は少しだけ、肺に空気を送り込んだ。
息を吸うという行為だけが、
ここに「自分がいる」証拠のように思えて。
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「……言いたいこと、かぁ」

困ったように笑ってみせる。
けれど、その笑みは、
これまでよりもほんの少しだけ、力が入っていなかった。
冗談で流していい問いじゃない。
それは、もう分かっている。
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「正直ね。  
 ここに来てから、ずっと考えさせられてる気がするんだ」

白い床に、自分の影が落ちている。
さっきまでよりも、その輪郭がはっきりして見えた。
輪郭がある、ということは。
曖昧じゃない、ということだ。
良くも悪くも。僕は、僕の輪郭をハッキリと……見つめてしまっていた。
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「考えるのって、嫌いじゃないけど……  
 ひとりで考え続けるのは、けっこう、残酷でさ」

思考は、優しくもなれる。
でも同時に、容赦なくもなる。
答えが出ないまま、
同じ場所を何度も回って、
いつの間にか自分を削る刃になることを、
茶太郎はよく知っていた。

一度、言葉が途切れる。
沈黙は長くない。
けれど、軽くもない。
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「でも、ここでは。  
 問いを投げられて、区切りがあって……  
 ちゃんと“今ここにいる”って、確認させられる」

逃げ場がないからこそ、
立ち止まるしかなくて。
立ち止まるからこそ、
今の自分を見失わずにいられる。
視線を上げる。
見えない“向こう側”へ。
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「だから、もし本当に……  
 誰かが、僕たちを見てるんだとしたら」

声が、少しだけ低くなる。

願いと、頼みと、
わずかな抵抗が混じった音。
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「“終われない人”を、ただ観察するだけで終わらせないでほしい」

強い言葉ではない。
責める調子でもない。

それでもそこには、
確かに「線」が引かれていた。
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「問いを投げるなら……  
 考えさせるなら……  
 せめて、考え続けたこと自体が、無駄じゃなかったって」

言い切りきらず、
でも、曖昧にもせず。
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「……そういう場所で、あってほしいなって思う」

それから、少し照れたように肩をすくめる。
深刻になりすぎるのは、
昔から、あまり得意じゃなかった。
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「あとは……  もし、また誰かを呼ぶならさ」

弟子の方をちらりと見る。
ここにいるのが、自分ひとりじゃないという事実が、
今は少しだけ、心を軽くしていた。

そして、もう一度、白い空間へ。
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「その人が、“考えてもいい”って思える余裕だけは、
 ちゃんと残してあげてほしい」

それが、願いなのか。
抗議なのか。
それとも、ただの独り言なのか。
茶太郎自身にも、まだ分からない。
けれど。
この部屋に向けて言葉を投げた、という事実だけが、
確かに、ここに残っていた。
白い部屋を見渡して、
茶太郎は、もう一度だけ息を整える。
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「……あとね。
 これは、願い、みたいなものなんだけど」

言葉を探しながら。
それでも、もう逃げないと決めて。
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「トイカケる側も、トイカケられる側も、
 それを見てる誰かも……
 誰かの苦しさだけを持ち帰る場所には、なってほしくない」

小さく。
でも、確かに。
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「考えたこととか、話したこととか、
 “ちゃんとここにいた”って感覚とか……
 そういうのを、少しずつ持ち帰って
 
 結果的に、みんなが、ほんの少しでも
 しあわせになれる交わりだったら、いいなって」

それは、理想論かもしれない。
甘い考えかもしれない。

それでも。
そうであってほしいと願うことだけは、
どうしても、やめられなかった。

——誰かのしあわせを願うことを、
最後まで、手放せない人だから。

そうして、人より多く傷ついたとしても。
それでも自分は、その在り方を、
きっと後悔しないのだと。
白い部屋の中で、
茶太郎は、静かにそう思っていた。