茶太郎は、質問を受けてすぐには答えなかった。
弟子の視線を受け止めたまま、今度は足を動かすのをやめて、静かに立ち止まる。
白い部屋の中で、自分の輪郭だけが、妙にはっきりしている気がした。
考える、というより。
思い出す、に近い間。
それから、少し困ったように笑った。

「……正直に言っていい?」
一拍置いて、弟子の返事を待つでもなく続ける。

「僕ね。“呼ばれる理由がある側”の人間だとは、あんまり思ってないんだ」
自嘲ではなく、事実を述べるような口調。

「特別な力があるわけでもないし、 使命とか、大義とか……そういうのとも、縁が薄いしさ」
視線を落として、白い床を見つめる。

「ただ……うまく“終われない”って自覚はある
諦めきれない、っていうのとも違うし。
前に進みたい気持ちはあるんだけど……いつも、途中で立ち止まっちゃう」
顔を上げる。その表情は、どこか照れくさそうで。

「考え続けちゃうんだよね。
“これでよかったのかな”とか、
“別の選択はなかったのかな”とか」
一度、言葉を探すように唇を噛む。

「だから……この部屋に来た理由を挙げるならさ」
ほんの少し、声が静まる。

「“境界に関わってるから”とか、“波長が合ったから”じゃなくて……
たぶん、“まだ答えを探してる途中だから”なんじゃないかな」
弟子を見る。逃げずに、目を合わせる。

「終わったふりはできるけど、本当には終わってない人間。
区切りをつけたつもりで、ずっと考え続けてる人間」
小さく笑って、肩をすくめた。

「……たぶんね。 この部屋、そういう人を放っておかないんだと思う」
白い空間を見回して、最後にぽつりと。

「選ばれた、っていうより……
“まだ歩いてる途中だろ”って、捕まえられただけ、かな」
冗談めかした口調の裏に、否定しきれない実感が滲んでいた。
その言葉を口にしてから、少し遅れて。
自分の中に、妙な感覚が落ちてくる。
ここに居る限り。
少なくとも、“ここに居る僕”は、死ぬことを許されていない。
(……死ぬ、っていうか)
消えることが、できない。
胸の奥で、言葉にならないまま、そう理解してしまった。
終わらせる、という選択肢そのものが、最初から用意されていない感じ。
現実世界の自分が、今どうなっているのかは分からない。
眠っているのかもしれないし、気を失っているのかもしれないし、
もしかしたら、何事もなかったように日常が続いているのかもしれない。
この“僕”と、向こうの“僕”が、どこまで連動しているのかも分からない。
でも。
(少なくとも……)
この白い部屋の中で、
こうして問いを投げられて、
考えて、答えて、言葉を紡いでいる限り。
これ以上、「死ぬ」なんてことは、できようもなかった。
逃げ場がない、というより。
“終点”が最初から塞がれている、という感じ。
(……だから、かな)
問いを投げられるたびに、
少しずつ、少しずつ、考えさせられる。
立ち止まることはできても、
考えることを、やめさせてもらえない。
(“まだ歩いてる途中だろ”って……)
捕まえられた、という言い方は、
案外、的外れじゃなかったのかもしれない。
この部屋は、
終われない人間を、
終わらせないまま、ここに留め置く。
優しさなのか、残酷さなのかは、まだ分からない。
でも少なくとも。
(……考え続けることだけは、許されてる)
そう思った。
だから、今は。
答えが出なくても、
ぐちゃぐちゃでも、
途中でも。
問いを受け取って、
言葉にして、
また次へ行くしかない。
この部屋が、そういう場所である限り。