そうして、彼とのはじめてのトイカケが終わると。
アルヴェンは、何もないはずの空間を確かめるように、ゆっくりと視線を動かした。
まるで、そこにしか見えない何かを、一つひとつ確認しているみたいに。
「……もしよければ、もう少しだけ質問をしてもいいですか?
またいくつか問い掛けないといけないようなので……」
どうやら僕には見えない項目が、どこかに表示されているらしい。
視線の動きだけで、それが“そこにある”とわかってしまうのが、なんだか癪だった。
同時に、少しだけ安心もしてしまう。
少なくとも、無作為に傷つけられているわけじゃない、という証拠でもあるからだ。
この部屋の仕組みは、相変わらずほとんどわからない。
けれど、不思議なことに。
少しずつ仕様が見えてくるにつれて──
胸の奥に張りついていた不安が、ほんのわずかだけ、ゆるんでいくのを感じていた。

「異世界を繋ぐ橋……みたいなってこと?」
どうやらこの部屋は、異なる世界に属する者同士を繋ぐ役割を持っているらしい。
……そう考えた途端、理解できた気がして、
同時に、ますますわからなくなった。
少なくとも。
ずっとここに居続けたとしても、幾一には会えないのだろう、ということ。
それだけは、妙に確信めいて、すとんと腑に落ちてしまった。
期待していなかった、とは言えない。
けれど、期待してはいけない、とも、ずっと思っていた。
それから、もうひとつ。
異世界の者同士を繋ぐ場所なのだとしたら──
「知り合い」つまり、ひとみんと出会える可能性は、おそらく無い。
そういう“現実”も、
遅れて、しかし確実に、胸の奥に沈んでいった。
次のトイカケは、
異世界と接触するような状況に遭ったことがあるかどうか。
もし無いのなら、
この部屋で、まったくの他人と出逢うことについて、
どんな気持ちを抱いているか、というものだった。
アルヴェン自身は、どうなのか。
彼は、楽しさもあり、怖さもあり──
それでも、自分を「異世界のニンゲン」であり、
「魔女の弟子」であると、
どこか誇らしげに語るだろう。
その声色から、
この問いに対して、彼なりの立場や物語を、ちゃんと持っているのだとわかる。
そういう人なのだ、ということが、
言葉の端々から、自然と伝わってきた。

「僕は……あんまり楽しくはないかな」
元来、色々と考えすぎてしまう性質だ。
トイカケられた言葉の数々から、幾一との想い出を拾い上げては、
自分で自分を責めて……
わざわざ傷をなぞるように、苦しくなる。
そうなるとわかっていても、記憶の反芻をどうしても、止められずにいた。
ただ今回は……
自分自身ではなく、この「部屋」に対するトイカケだったから。
好奇心や興味がそちらに逸れていて、
今までに比べれば、だいぶ心を保ったまま、会話を続けられていた。

「何回も、人のこころにずけずけ踏み込まれて……
……いや、大体は僕の精神状態が悪いから、余計に、なんだけど
ふつうに、辛いし、もうやめたい」
言葉にしてから、少し遅れて、
自分がどれだけ弱音を吐いているのかに気づく。
でも、止めなかった。

「だけど……だけどね
今まで、誰も、そうやってトイカケてくれなかったから
自分の中で、ぐるぐる淀んでいたモヤモヤが……
トイカケで、水面に石を投げ込まれたみたいに、
少しずつ、形を持ち始めた気がするんだ
だからさ……
悪いことじゃないのかも、って、今は思ってる
異世界の人になら、どう思われたって、
これっきり、だろうから」
そう。
よくも、わるくも、これっきりで。
僕がどんな醜態をさらそうと、
相手に余計な責任を背負わせることもない。
彼は彼で、この先、
僕の知らない世界で、
きっと、彼なりのしあわせを見つけていくのだろう。
そして、僕の闇は。
誰かに引き取ってもらえるものでも、
共有して軽くなるものでもなくて。
結局のところ、
最初から最後まで──
僕だけのものであることには、変わらないのだ。