瞬きをした、その一瞬のあと。
視界の先にあったのは、白い壁だった。
……あれ?
いや、待って?
もっとこう、だだっ広い部屋の中央にぽつんと椅子が置いてあって、誰もいないそれを見つめている――みたいなのが定石なんじゃないだろうか?
少なくとも、今までの流れ的には。
けれど今の僕は、壁に顔を近づけすぎていて、
至近距離で白い壁を凝視している、ちょっと変な人だ。

「……実は後ろにいる、とかないよね?」
一応、確認しておく。
ゆっくり振り返ってみるけれど、そこにも何もない。
なんど瞬きしても、やっぱり、何もいない。
気を取り直して、もう一度壁の方に向き直ろうとした、その時だった。
――ガッ。
壁が、まるで自動ドアみたいに唐突に左右へ割れた。

「え?」
思考が追いつく前に、そこに“座っている人”と、目が合った。

「うわっ びっくりしたあ!」
向こうも、同じくらい驚いた顔をしている。
どうやら、この状況は僕だけの想定外ではなかったらしい。
しばらくのあいだ、二人で固まる。
声も出ず、動くこともできず、ただ瞬きを繰り返して。
先に我に返ったのは、どちらだっただろうか。
落ち着きを取り戻してから、ゆっくりと、探るように情報交換を始める。
今回のお相手は、アルヴェン。
魔女の弟子、らしい。
……らしい、というのは、本人がそう言ったからなのだけれど。
聞きたいことは山ほどある。
魔女って何? 弟子って何? 精神界の簡易領域とは???
けれど今は、どうも僕が問う側ではないらしい。
そういう“役割”が、空気みたいに決まっている。
だから一旦、全部飲み込むことにした。
アルヴェンは、今まで出会った人たちとは少し違っていた。
僕そのものよりも、この「場所」に強い興味を示している。
それが、なんだか好ましかった。
僕自身も、ここが何なのかわかれば、元の世界に戻る方法も見えてくるんじゃないか――そんな、ぼんやりした期待を抱いていたからだ。
「僕からは……何故か、あなたの姿がはっきり見えないんです」
アルヴェンはそう言って、僕の輪郭をなぞるように視線を動かす。
「ぼんやりしている、というより……
幾重にも形が重なっているような。そんな風に見えるというか」
続いて、少し首を傾げて。
「声も、似た感じですね。
一応、意思疎通は出来なくはなさそうですけど……」
自分からは、相手の姿はちゃんと見えている、と思っていた。
だから、こちらが“曖昧な存在”として見えているという事実に、少しだけ驚く。
そして僕が「トイカケ」に答えなければならない、と強く感じているのと同じように、
相手もまた、「トイカケ」をしなければならない、と感じていた。
役割は、対称だった。
アルヴェンからのトイカケは、とてもシンプルだった。
――この部屋を、どう思うか。

「僕も、だいたいキミと同じ感想かな、ここには何もない。その分、心は掻き乱されない。
だけど、……だからこそ、不安でいっぱいだよ」
ゆっくりゆっくり、こちらも道に落ちている小石を拾い集めるように思考を続けて。

「何度も思ったのは、僕が悪い子だから……なのかもしれない、ってこと……
だから、こんな場所で、尋問みたいにトイカケをくり返してるんじゃないかって……
ここは悪い子に罰を与えて、自らを省みさせるための場所、だったりするんじゃないのかなって……」
今までで1番、素直に心のうちを明かしている気がした。
この人なら、悪いようにはとらないだろう。そんな妙な安心感があった。