Chapter04-01

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2026-01-07 04:00:00

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あなたがふと気が付けば、真っ白な部屋に居た。
そこには椅子がひとつ置いてあるだけで、他に何もない。

変わらぬ様子のその部屋の、ただひとつの椅子に腰を掛けると。
……掛けても。
視界の先には相変わらずの壁があるだけだ。
あなたが訝しんで壁を見ているだろううち──不意に

壁がひらけて、今しがた座っただろう人と目が合った。

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「うわっ、人がいる?!」

中性的な外見をした男性は、ぱちぱちと目を瞬いた後
壁があったろう辺りを確かめるように視線を移し、
それからまた改めてあなたへと目を向ける。

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「すみません、失礼ですが……ここ、精神界の簡易領域……ですか?
 ……いや、違う……にしては安定しすぎてるな……

大人というにはあどけないその人は、
訊ねておきながらぶつぶつと思考を整理するような呟きを続けて、
それから問いを擲ったことに気付いてはっとした顔で頭を下げた。

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「ああ、すみません……こういう現象は初めてでは無くて。
 でも僕が知っているのと根本が違うようなそんな気が……、
 というのはいいんでした。ええっと、あなたも巻き込まれた側……?」

まじまじとあなたの姿を見詰め、きっとあなたが頷くなりの反応を返した後、
うんうんと頷いて、それから軽い咳ばらいをした。

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「……そしたら、少し情報共有しておきますね。
 僕は『余白』の魔女の弟子、アルヴェンです。
 寝たと思ったらこの空間に居て、椅子に座ったらあなたが急に現れて……」

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「それで……僕からは、何故かあなたの姿がはっきりと見えないんです。
 ぼんやりしているというより、幾重にも形が重なっているような……そんな風に見えるというか。
 声もそうですが、一応意思疎通は出来なくは無さそう……ですね。
 ……あなたからもそう見えてるんですかね……」

トイカケをする側からはそう見えていたのだろう。
どこか会話が噛み合わない事もあるのかもしれないが、
それはこの部屋の性質も相俟ってか。

それから彼は、どこか居心地が悪いような、
申し訳ないように眉根を下げて首を傾ぐ。

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「それで──あなたもなのか分かりませんけれど、
 なんだか……あなたに問い掛けなければならないような、そんな気がしてくるんです」

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「こんなはっきり相手も見えてない状況で話を聞けなんて、
 失礼でしょうに、まったく……一体何考えてるんでしょうね……

長い溜息をひとつした後、魔女の弟子は改めてあなたを見た。
目の隠れがちな前髪がさらりと揺れた。

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「……あなたは、この白い部屋をどう思いますか?


──あなたは、この白い部屋にどんな印象を抱きますか?

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「あっ、そんなに難しく考えなくて大丈夫です。
 もっと直感的な印象というか、感覚的なものでいいというか……」

あなたの回答が返る前に、わたわたと魔女の弟子は手を振った。

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「何も無さ過ぎて落ち着かないとか、
 むしろ落ち着くというか、そんな感じの話でよくて……」

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「僕だったら──そうですね……。
 何も無くて、ぼんやりとした知らないあなたしかいない空間……。
 危険が無い事は直感できて、ある意味、穏やかな……。

 本来の自分の役目や立場から解放されたような、……
 ……解放感よりも、不安……のが強いかも知れません。」

思考の順路をパンくずを落とすように零した末、
辿り着いたものに納得したように頭を縦に振る。

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「──嫌いでは無いけれど、じんわりとした不安がある。
 この部屋、この空間に対して思うのは、僕はそんな感じかも知れません。
 少し話をしたら、変わるかも知れませんがね……。

 ……あなたはどうですか?」

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瞬きをした、その一瞬のあと。
視界の先にあったのは、白い壁だった。
……あれ?
いや、待って?
もっとこう、だだっ広い部屋の中央にぽつんと椅子が置いてあって、誰もいないそれを見つめている――みたいなのが定石なんじゃないだろうか?
少なくとも、今までの流れ的には。

けれど今の僕は、壁に顔を近づけすぎていて、
至近距離で白い壁を凝視している、ちょっと変な人だ。

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「……実は後ろにいる、とかないよね?」


一応、確認しておく。
ゆっくり振り返ってみるけれど、そこにも何もない。
なんど瞬きしても、やっぱり、何もいない。
気を取り直して、もう一度壁の方に向き直ろうとした、その時だった。

――ガッ。

壁が、まるで自動ドアみたいに唐突に左右へ割れた。
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「え?」

思考が追いつく前に、そこに“座っている人”と、目が合った。
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「うわっ びっくりしたあ!」

向こうも、同じくらい驚いた顔をしている。
どうやら、この状況は僕だけの想定外ではなかったらしい。

しばらくのあいだ、二人で固まる。
声も出ず、動くこともできず、ただ瞬きを繰り返して。

先に我に返ったのは、どちらだっただろうか。
落ち着きを取り戻してから、ゆっくりと、探るように情報交換を始める。

今回のお相手は、アルヴェン。
魔女の弟子、らしい。

……らしい、というのは、本人がそう言ったからなのだけれど。
聞きたいことは山ほどある。

魔女って何? 弟子って何? 精神界の簡易領域とは???

けれど今は、どうも僕が問う側ではないらしい。

そういう“役割”が、空気みたいに決まっている。
だから一旦、全部飲み込むことにした。

アルヴェンは、今まで出会った人たちとは少し違っていた。
僕そのものよりも、この「場所」に強い興味を示している。
それが、なんだか好ましかった。

僕自身も、ここが何なのかわかれば、元の世界に戻る方法も見えてくるんじゃないか――そんな、ぼんやりした期待を抱いていたからだ。

「僕からは……何故か、あなたの姿がはっきり見えないんです」

アルヴェンはそう言って、僕の輪郭をなぞるように視線を動かす。

「ぼんやりしている、というより……
 幾重にも形が重なっているような。そんな風に見えるというか」

続いて、少し首を傾げて。

「声も、似た感じですね。
 一応、意思疎通は出来なくはなさそうですけど……」

自分からは、相手の姿はちゃんと見えている、と思っていた。
だから、こちらが“曖昧な存在”として見えているという事実に、少しだけ驚く。

そして僕が「トイカケ」に答えなければならない、と強く感じているのと同じように、
相手もまた、「トイカケ」をしなければならない、と感じていた。

役割は、対称だった。

アルヴェンからのトイカケは、とてもシンプルだった。

――この部屋を、どう思うか。

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「僕も、だいたいキミと同じ感想かな、ここには何もない。その分、心は掻き乱されない。
だけど、……だからこそ、不安でいっぱいだよ」


ゆっくりゆっくり、こちらも道に落ちている小石を拾い集めるように思考を続けて。

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「何度も思ったのは、僕が悪い子だから……なのかもしれない、ってこと……
 だから、こんな場所で、尋問みたいにトイカケをくり返してるんじゃないかって……
 ここは悪い子に罰を与えて、自らを省みさせるための場所、だったりするんじゃないのかなって……」

今までで1番、素直に心のうちを明かしている気がした。
この人なら、悪いようにはとらないだろう。そんな妙な安心感があった。