
「ふふっ、今日は楽しかったわ~~!
今日の事はしっかり覚えておくわね~~~!」
声は軽やかで、笑い声さえ含んでいるのに、どこか底知れぬ影を帯びている。
立ち上がろうと床に着けられる脚は、蜘蛛の足先のようでもあった。

「またいつか、貰いに行くから────」
言い残して、白い部屋の空気に溶けるように魔女は、ふわりと消えていた。
姿を追う間もなく、世界がゆっくりと裏返る。
カチャリ。
小さなガラス瓶が、軽く響いた。
液体が揺れるたび、透明な瓶の中で光がちらつく。
フェルヴァリオが跳ね起きて、肘がフラスコに当たりかける。

「……っ、あぶな」
指先で慌てて支え、割れなかったことに小さく息を吐く。

「ふあー……よく寝た」
いつもの自分の工房。
薬草の匂い、煤のついた机、未洗いの器具。
夢の余韻が、まだ舌の奥に残っている。
今までの問いかけに比べれば、とても簡単だった。
趣味。好きなこと。夢。
そして現実。

「……うっ。まだ、こんなにあるのか……」
机の上の依頼書を前に、つい声が出る。
指で1枚ずつめくりながら、片付けなければならないことを噛み締めた。
効能。
納期。
対価。
頭の中で手順を組み立てながら、棚に視線を走らせる。
材料の在庫、問題なし。
足りないものは、昼までに仕入れればいい。
窓の外に目を向ける。
夜の名残が空に漂い、朝日はまだ遠く、灰色の光が静かに広がっていた。

「なら……」
炉の前に立ち、薪を組んで、火を焚べる。
ぼっ、と静かな炎が立ち上がる。
フェルヴァリオはフラスコを手に取り、いつもの位置に戻した。
夢の続きを考える暇もなく、世界は今日も、きちんと回っている。
それでいい、と彼自身が一番よく知っていた。