Chapter03-02

記録者: シャルティオ (ENo. 14)
Version: 1 | 確定日時: 2026-01-04 04:00:00

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返事が返ってくれば、おー、なんて緩い声。
女は椅子の背もたれにだらりと寄りかかり、片手で髪を弄る。
視線だけはあなたに向いているが、どこか遠くを見つめるようでもあった。

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「ねぇクロ。その話で思ったんだけどさ……
 ……変わる事って、どうしてこんなに難しいんだろうね」

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「小さい頃はさ、色々なものに手を出せて、影響を貰えて、変わっていけて、
 でも今は……うーん、なんか、平行線というか……」

手の動きが、無意識に髪を絡める。
その髪の長さが、絡めた長さほど短かった頃を思い返すように。
“過去の自分”と今の自分を結ぶ糸を手繰っているかのように。

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「努力して変わろうと思っても、どうにも体が動かないっていうか。
 変われるかもって期待して、結局同じとこにいるっていうか……。

 踏み出したと思っても、そんな事は無くて、
 思い知らされる……というか、さ」

言葉に迷うような沈黙が一つ。
下に移動していた視線をあなたに持ち上げ直して、首を傾いだ。

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「クロはどう?
 変わろうって思うのに、……よくないと分かってるのに、
 どうしても変われないことってある?」


──あなたには“変われないもの”はありますか?

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「ウチさ、“変わる気がない”わけじゃないんだよね。
 むしろ、変わりたいとは思うんだよ。
 だって、このままじゃ嫌だし。退屈だし。……置いていかれそうだし」

口では軽く言いながらも、指先は神経質にリボンをつまむ。

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「でもさ、変わるって……“今の自分を捨てる”みたいな感じしない?
 少なくとも現状って友達もいて、安全で、飢えはしなくて、凍えもしないし、傷付きもしない……。
 変わって無くなるのって……ちょっとだけ怖いんだよね。
 無くならない保証なんてされてないし、さ」

彼女は笑う。
けれどそれは苦笑とも、呆けともつかない曖昧な笑みだ。

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「“変わりたい理由”と、“変わらないままでいたい理由”、
 つり合いがとれちゃってる、のかな。だから動けないのかも。
 ウチ、そこらへんでいつも足止め食らってんの、マジだる」


言いながら、女は足を組み替える。
動きたいのに動かない身体を、座り直して誤魔化しているように。

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「クロはどう?
 変われないものってある?
 それって、なんでだと思う?」

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「変わること…………?」

 ふむ、と思考しつつ。
 お前は、色々と迷い、惑ってきたんだな。

 思い当たるものがひとつ、ある。
 それは傷と痛みに満ちた記憶だ。
 掘り起こせば、未だ痛みが走るものだ。

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「………………」

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「…………それを話すには、
 暗い話になるということを
 先に言っておこうか」

 痛みの記憶と感情を、思い出せ。
 王は、少年は、語る。

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「…………私はそもそも、
 親にまともに愛されたことがない。
 いつも殴られて怒鳴られてが茶飯事だった」
「子供の頃の私は、地下牢に幽閉されていた」

 フラッシュバック。罵声と暴力。
 “出来損ない”と呼んで傷付けてきた母王の姿。
 そんな目に遭いながら、それでもと抱いてきた悲痛な想いは。

 それなのに、と語る、語る。
 目を伏せた。

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「そんな親なのに…………僕は……
 それでも……あいされたいと、ねがっ、て

 痛みの記憶を呑み下す。
 常は平然と振る舞ってこそいるが、
 未だ、どうしても“過去の傷”にはならないものだ。

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「…………後に、兄さんが、
 そんな母さんを殺して国賊になって、
 私を呪縛から解き放った」
「それなのに、私は」「僕は」

 訣別の日を、思い出す。

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「…………母さんからの“愛”が間違っていると、
 頭では理解出来ているのにさ」
「それでもどうしてもあの人に愛されたかったからこそ、
 殺しという手段でその機会を永遠に奪った兄さんを、
 激しく憎んだんだ」

 自分を本当に愛してくれたのは、
 その兄の方こそだったのに。

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「頭では理解しているのさ。
 母さんは“正しくない”ってこと」
「兄さんの成したことこそ、
 “僕”の救いになっていること」

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「…………でも」「それでも」

 未だ癒えない傷痕が、血を流す、血を流す。

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「自分は…………母さんを、心から憎み切れないよ。
 あんな人でもあの人は確かに憧れの人であり、
 だからこそ認められたいって足掻いていて」

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「…………その憎悪を完全に肯定してしまったら、
 これまで牢獄の中で足掻いてきた自分は、
 どうなるんだよ」
「母さんを信じて、想ってきたあの日々は」

 変わりたいのに、変われない。
 それでもそれでもどうしても、子供は母の愛を求めるものだ。

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「……割り切れたらきっと、
 楽になるのだろう」

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「けれどそうしたら、
 大切なものを捨ててしまうような、
 そんな恐れも抱いているのさ」

 いくら、“王”として振る舞えど。
 根っこは、臆病な少年だから。

 だから、と結論を出す。

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「……無理に変わる必要はないと、
 私は、考えているよ」

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「変わろうと思う自分も
 変わりたくないと留まる自分も、
 どちらも“自分”なのだから」

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「どちらの“自分”とも、
 同居していれば良いのさ。
 今は釣り合っているんだろう?」

 自分は、そのようにしている。
 親に愛されたかった幼い自分のことも、
 否定はせずにその腕に抱えて。

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「“変わりたい自分”と
 “変わりたくない自分”の
 釣り合いが取れなくなったら…………
 その時こそ、決断すれば良い」

 どちらを切り捨てたなら、
 自分が最も満足いく結末になるのかを。

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「だが、“その時”は少なくとも今ではない。
 ならば無理して変わる必要なんてない」
「幾らでも悩んで迷って藻搔いて苦しんで、
 その果てに何か掴み取れたなら…………」

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「…………これが、私の答えだ。
 参考になったかな、シロ」