Chapter03-02

記録者: ウィルフレッド・メイフィールド (ENo. 13)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-21 04:39:12

クリックで開閉
返事が返ってくれば、おー、なんて緩い声。
女は椅子の背もたれにだらりと寄りかかり、片手で髪を弄る。
視線だけはあなたに向いているが、どこか遠くを見つめるようでもあった。

icon
「ねぇクロ。その話で思ったんだけどさ……
 ……変わる事って、どうしてこんなに難しいんだろうね」

icon
「小さい頃はさ、色々なものに手を出せて、影響を貰えて、変わっていけて、
 でも今は……うーん、なんか、平行線というか……」

手の動きが、無意識に髪を絡める。
その髪の長さが、絡めた長さほど短かった頃を思い返すように。
“過去の自分”と今の自分を結ぶ糸を手繰っているかのように。

icon
「努力して変わろうと思っても、どうにも体が動かないっていうか。
 変われるかもって期待して、結局同じとこにいるっていうか……。

 踏み出したと思っても、そんな事は無くて、
 思い知らされる……というか、さ」

言葉に迷うような沈黙が一つ。
下に移動していた視線をあなたに持ち上げ直して、首を傾いだ。

icon
「クロはどう?
 変わろうって思うのに、……よくないと分かってるのに、
 どうしても変われないことってある?」


──あなたには“変われないもの”はありますか?

sample
icon
「ウチさ、“変わる気がない”わけじゃないんだよね。
 むしろ、変わりたいとは思うんだよ。
 だって、このままじゃ嫌だし。退屈だし。……置いていかれそうだし」

口では軽く言いながらも、指先は神経質にリボンをつまむ。

icon
「でもさ、変わるって……“今の自分を捨てる”みたいな感じしない?
 少なくとも現状って友達もいて、安全で、飢えはしなくて、凍えもしないし、傷付きもしない……。
 変わって無くなるのって……ちょっとだけ怖いんだよね。
 無くならない保証なんてされてないし、さ」

彼女は笑う。
けれどそれは苦笑とも、呆けともつかない曖昧な笑みだ。

icon
「“変わりたい理由”と、“変わらないままでいたい理由”、
 つり合いがとれちゃってる、のかな。だから動けないのかも。
 ウチ、そこらへんでいつも足止め食らってんの、マジだる」


言いながら、女は足を組み替える。
動きたいのに動かない身体を、座り直して誤魔化しているように。

icon
「クロはどう?
 変われないものってある?
 それって、なんでだと思う?」

Answer
icon
「停滞することは死を意味する。」
「……僕が商売人であったのなら、
 そんなことを言っただろうが……」
icon
「満たされた生活にわざわざ亀裂を入れる必要は
 ……ないだろうな、と僕は思うのだよ。」

男から見て、そちらの生活は満たされているようだった。
どれかひとつが欠けてしまう可能性があるのなら、
それらを踏みつけたくないと立ち止まる事を彼は否定しない。
それを甘えだとは感じなかったようだ。
それを逃げだとは感じなかったようだった。

……ただ、と男は言葉を続ける。

icon
「……ただ、それと同時に退屈そうだとも思う。」
「変わらず淡々と、持っているものだけで己を満たす。
 その行為は折角広い場所に生まれたというのに勿体無い、とな。」

世界という自分一人が何もかも得ることはできない場。
あれもこれもと好き勝手得ることなんて叶わないけれど、
それでも両腕に抱え切れないほどの物事が世界には転がっている。
現在の過不足のない生活で、本当にこの先も満たされ続くのか。
それは満たされていると自身が錯覚……
或いは、そう思い込みたいだけなのではないだろうか。

icon
「……僕は十数年ほどひとつの部屋の中
 だけで生かされていたことがある。」
icon
「決して満たされていたわけではないが……
 衣食住は保障されていたし、大人しくしていれば
 ただ淡々と人生をその檻の中で過ごしきる事が可能だっただろう。」

丁度このような部屋だ。
不意に部屋を見回しながら少し苦い笑みを男は浮かべた。

icon
「けれど、僕はそれが嫌だった。
 例え傷付いたとしても……他人を傷付けたとしても、
 そこから出ることを望んだ。」
icon
「僕は壊してでも変わることを選んだのだよ。」

一層苦味が強まりそうだった笑みを、
男は軽く首を横に振って消してしまう。
それらを思い出し、傷付くことはもうやめたというように。
彼にとって古い傷はただの古い傷だった。
なぞることはしても、自ら抉るような真似はしない。

icon
「君の環境は、僕のそれとは違うだろう。
 だから軽々とそれを壊してしまえとは言わない。」
icon
「だがな、迷うくらいなら……
 悩むくらいなら些細なことでも変えてみるのが良い
 とも僕は思うのだよ。」
icon
「何かを無くさないようにと大事に抱えていたとしても、
 ある日不意に無くなってしまったりもするのだから。」

名前すら知らないようなただの他人に
何を言われても動き出せない時は動き出せない。

これが決して声援にならないことは男も当然理解していた。
そもそも、彼の言葉すら向こうに全部届いているかすらわからない。
それでも彼は遠回しに、彼自身のわかり辛い言葉で、
一歩前へ踏み出してみたらどうかと言葉をかけた。

icon
「……ああ、それと、
 僕自身の変えようと思っているが
 変えられない、良くないこと……だったか。」
icon
「ふむ……僕にはご覧のとおり欠点がないのだがね。」

空気を変えるように男は軽く首を傾げて唸る。
何か自分に欠点のようなものがあったかしらと。

icon
「体質……は僕自身にはどうしようもないしな。
 僕は見目も頭も性格も良い。」
icon
「……はは、参ったな。
 本当に僕には欠点などないのかも知れん。」

彼自身を良く知っている人物は、
或いは目の前の対話相手ですら
そういうところ・・・・・・・が変えられるだろうに
変えてない悪い点なのではないだろうか。
なんて思ったのかも知れない。
しかし彼はそれに全く気付いていないようだった。

icon
「というわけでパスだ。
 次の質問をしたまえ。」

ふん、と鼻を鳴らして男は次を急かす。

……もしかしたら、
彼自身も気づいているのかも知れない。
このどこか高飛車ぶった態度をとってしまう欠点に。

どことなく居心地の悪そうな男の顔が、
それは正しい推理なのだと物語っていた。