Chapter03-03

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-21 04:39:12

クリックで開閉
icon
「……そっか」

一言だけをぽつりと落とし、その後の言葉を探すように目が泳ぐ。
何かを言えば軽くなってしまうし、黙れば重くなる。
その中間を彷徨うような視線の動きだった。

icon
「いや、なんかあんま気の利いた事言えないや。
 テキトーな相槌を簡単に言うのは失礼っていうかさ……」

女は椅子にもたれかかり、髪を指で弄りながらぼやくように言葉を零す。
……指先で“間”を誤魔化しているようだった。

icon
「……じゃあ、さ、クロ。
 クロって誰かに期待されたりすることって、ある?」

icon
……誰かに期待されてるって思うの、疲れない?


──あなたは、“期待”に対してどのような感情を抱きますか?


sample

icon
「ウチさ、親とか先生とか、あと周りの人とか……
 期待されるとさ、なんかこう……自分のペースで動けなくなる気がして」

icon
「でもさ、期待されるのって悪いことじゃないのも分かるんだよね。
 褒められたり、認められるのって、ちょっと嬉しいし……」

言葉はゆっくりと紡がれていくなか、指先だけが落ち着きなく動く。
笑っているような、笑っていないような声だった。

icon
「けど、期待ってさ、“応えられなかった時の怖さ”までセット販売なんだよね。
 おまけに“努力不足に見られちゃうリスク”付き」

icon
「嬉しいのに疲れる。
 ありがたいのになんか苦い。
 クロはそういうの、ない?」

Answer
次のトイカケは──
だれかに期待されたことはあるか。期待されることをどう思うか。
だった。

シロはどうやら、親や先生、周りの人から期待をされていたらしい。
どの程度のものかはわからないけれど、
「期待」という言葉は、言い換えれば
「こうあってほしい」という願望の押し付けでもあると思う。

もちろん、素直に受け取るなら、
それだけ気にかけてもらっている、ということでもあるのだろう。
──自分には、なかったものだ。

だからといって、
無かったものを持っているシロが羨ましいとは思わなかった。
期待が、必ずしも救いにならないことを、僕は知っているから。

幾一も、親からの期待に応えられない自分を、よく責めていた。
頑張りたくても、頑張れない。
やろうとしても、成果が出ない。

大切にされていることは、ちゃんとわかっていた。
恩に報いたい気持ちも、確かにあった。
それでも、何も成せない自分が情けなくて、
腐って、酒に溺れることを、ひどく後ろめたく思っていた。

それでも、きっと。
親御さんは、生きていてほしいと思っていたのだと思う。

そんな月並みな言葉ですら、
当たり前に向けられているはずの期待が、
彼にとっては重たく、重たく、のしかかっていた。

このトイカケに、
どこまで答えるべきなのか。
あるいは、何も言わないほうがいいのか。

僕には、わからなかった。

icon

「僕は、期待してくれるような人、居なかったからな……わかんないや」


結局、また。
はぐらかすような言葉しか、口にできなかった。
icon
「期待されないことは、自由で、そして……ちょっと肌寒いよ、それだけ」


幾一やひとみんになら、期待されたかった。
気にかけてもらって、
こうしてほしい、こうなってほしいと願われたかった。

……でも。

その考えが浮かんだ瞬間、
ズキ、と頭の奥が痛んだ。

期待されて、なかった?
本当に?

胸の奥を探るみたいに、記憶を辿る。

「ちゃたは、生きて」

不意に、幾一の声がよみがえる。
何かを諭すでも、励ますでもない、
ただ、当たり前みたいに言われた言葉。

「起きないと、大好きな苺ぜんぶ食っちまうぞ」

今度は、ひとみんの声。
からかうみたいで、やさしくて、
逃げ場を塞ぐような、日常の一言。

その瞬間。
胸の奥で、何かが、かちりと噛み合った。

──ああ。

期待、されてなかったんじゃない。

「ちゃんと生きろ」とも、
「立派になれ」とも言われなかった。

ただ、
ここに居ろ。
明日も居ろ。
それだけを、置いていかれていた。

生きていてほしい、って。

それはきっと、
役に立つとか、報いるとか、
そういう条件付きのものじゃなくて。

存在そのものに向けられた、
いちばん重たくて、いちばん静かな期待だった。

気づいた途端、
胸の奥が、じわじわと熱くなって。

……なんだ。
ちゃんと、あったじゃないか。

そう思ったら、
また、少しだけ、頭が痛くなった。