Chapter03-01

記録者: 古閑 茶太郎 (ENo. 1)
Version: 1 | 確定日時: 2025-12-21 04:39:12

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あなたがふと気が付けば、真っ白な部屋に居た。
そこには椅子がひとつ置いてあるだけで、他に何もない。

またあの部屋に来たようだ。
小さな部屋には相変わらず椅子は一つきり。
壁を向いた椅子の先には、やはり何も見えない。

──あなたが椅子に座れば、
視界の向こうに椅子があり、そこに誰かが座っている。
三角に身体を縮めて座っていた
長い髪を気だるげに結んだ白い服の女が、
あなたに気付いた様子で緩慢に顔を上げた。

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「……えー……なんか居るんだけど。どゆこと?」

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「あー……まあ……ども。
 名前とか……あー…じゃあ、シロでいいや、この部屋白いし。
 君は……じゃあクロ。なんかぼんやりしてるし」

知らないもの同士、名前を名乗るモンでもないでしょうと。
シロを名乗った女は畳んだ身体をほどいて、
んん、と小さな声を漏らしながら伸ばす。

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「……こーいうのって、なんかあったよね。
 白い部屋に閉じ込められて……なんか……出られない部屋的な?
 初対面でこんなんされてもおもんねー……」

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「なんかこの白さ落ち着かねー……、
 内側をざわざわ触られてるみたいなー……。
 なんでこんなとこにウチら集められたんだろ。おもろい話なんてできねーっつの……」

嘆息ひとつ零した後、
白い部屋の隅の方に目を遣って、女はぼやく。

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「まー……夢ん中……なんかな。何話してもいいっちゃいいのか。
 クロだってウチの無意識が作った偶像みてーなもんかもだし……
 返事返って来るかもわかんねーし、適当こくか」

女は髪を束ねているリボンをいじる。
それは落ち着かない子どものようであり、退屈を紛らわせる大人の仕草にも見えた。

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「クロはさ、生きる理由とかって何だと思う?


──あなたには生きる理由はありますか?

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「別に生まれた時点で生きる理由とか要らね―とは思うけど、
 あった方がちょっと嬉しいというか、豊かな気がするんだよね。
 親が望んだから生まれた、以外の意味があった方が……なんかいいじゃん?」

言いながら、女はリボンをきゅっと締め直す。
その指先だけは、妙に確かだった。

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「生きる理由ってより人生の目的……って言う方が正しいのかも。
 小さい時からなんか、皆と一緒に~とか、大人の言う事を聞け~とかで
 結局どう生きたいかって全然分かんないなーってさ?

 ガチガチに矯正したくせに、急に「自分のやりたい事をやれ」って放り出されて、
 なんかそのまま今になっちゃった、みたいなさ……」

あなたをじっと覗き込む。
その視線は、答えを求めているようで、ただ誰かと共有したいだけのようでもあった。

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「クロはそういうのあんの?
 ウチも生きる理由っての──拾えるもんなら拾いたいんだよね。……皆目的に向かって歩いてるのに、
 ウチ一人だけ足を止めてる気がして、怖いからさ」

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「いたた…」


椅子の上から飛び降りた拍子に、どうやら頭を打ったらしい。
ズキズキと痛む額を手のひらで押さえながら身体を起こす。
視界に入ったのは――やはり、椅子が一脚あるだけだった。

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「……座れ、ってことなんだろうな」


毎回律儀に椅子に座らされるのは、なんだか囚人のようで。
トイカケ自体も、尋問と言えなくもない。

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「天国行きか地獄行きか、返答次第で決めてるとかじゃないよね……」


もしかしたら自分は、もう既に死んでいて。
閻魔様の裁きを受けている最中なのかもしれない――
そんな馬鹿げた妄想をしながら、茶太郎は椅子に腰を下ろした。

もしそうだとしたら、自分は地獄行きなんだろうな。
理由はいろいろあるけれど、「それ以外の行き先を想像できない」という点で、確信的だった。
もっとも、そこに幾一もいるのであればそれ以上に幸福なことはない気がしていた。
でも同時に、僕は幸福になれるけれど、死んでなお苦しみ続けることになってしまった幾一のことを思い、胸の奥がズンと錘のように沈む。
であるなら、地獄で再会は叶わない方が良いのであろう。
安らかに、二度と産まれてくることもなく。
輪廻の環からも外れて、ただ終われていればいい。

そうして椅子に座ってぼんやりと前を見ていると、視界の先に人影が現れる。

自身の身体を抱きしめるように、縮こまって座るその姿は、
まるで居場所のない子供のようだった。
「面白くない」「適当でいいか」と、気怠げに呟く仕草も――
どこか思春期の子供めいている。

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「キミがシロ、で、僕がクロ、ね。わかった。それでいいよ」


自分の名前だって、髪が茶色いから茶太郎、という程度のものだ。
それが黒に変わったところで、今さら何を思うわけでもない。

今回は、心を掻き乱されることなく進むかと思っていた。
――だが、次に投げかけられた質問で、
心臓を杭で貫かれたような気持ちになる。



──生きる理由があるか、だって?

ない。
即答できてしまうことが、少しだけ怖かった。

昔は、あったのかもしれない。
死にたくないから生きる、みたいな――
理由と呼ぶには、あまりにも薄っぺらいものだったけれど。

今はもう、生きたい理由は見当たらない。
その代わりに、死にたい理由だけが、
山のように積み上がっている。

息を吸おうとすると、肺の内側に何かが引っかかる。
ちゃんと呼吸しているはずなのに、
空気が足りていない気がした。


「生きたい理由があったほうが、豊かで、嬉しい」
目の前の人物は、そんなふうに言う。

言いたいことは、わかる。
理屈としては、ちゃんと理解できる。

――でも。
言葉が、頭に入ってこない。

何かを答えなければいけないことだけは、わかっているのに。
口を開こうとしても、喉の奥で、何かが引っかかって動かなかった。
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「ごめん、僕、うまく答えられないや……」


期待に添えなかったのは、わかっている。
たぶん、求められていた答えも。
それでも、これ以上は言葉が出てこなかった。