
「いたた…」
椅子の上から飛び降りた拍子に、どうやら頭を打ったらしい。
ズキズキと痛む額を手のひらで押さえながら身体を起こす。
視界に入ったのは――やはり、椅子が一脚あるだけだった。

「……座れ、ってことなんだろうな」
毎回律儀に椅子に座らされるのは、なんだか囚人のようで。
トイカケ自体も、尋問と言えなくもない。

「天国行きか地獄行きか、返答次第で決めてるとかじゃないよね……」
もしかしたら自分は、もう既に死んでいて。
閻魔様の裁きを受けている最中なのかもしれない――
そんな馬鹿げた妄想をしながら、茶太郎は椅子に腰を下ろした。
もしそうだとしたら、自分は地獄行きなんだろうな。
理由はいろいろあるけれど、「それ以外の行き先を想像できない」という点で、確信的だった。
もっとも、そこに幾一もいるのであればそれ以上に幸福なことはない気がしていた。
でも同時に、僕は幸福になれるけれど、死んでなお苦しみ続けることになってしまった幾一のことを思い、胸の奥がズンと錘のように沈む。
であるなら、地獄で再会は叶わない方が良いのであろう。
安らかに、二度と産まれてくることもなく。
輪廻の環からも外れて、ただ終われていればいい。
そうして椅子に座ってぼんやりと前を見ていると、視界の先に人影が現れる。
自身の身体を抱きしめるように、縮こまって座るその姿は、
まるで居場所のない子供のようだった。
「面白くない」「適当でいいか」と、気怠げに呟く仕草も――
どこか思春期の子供めいている。

「キミがシロ、で、僕がクロ、ね。わかった。それでいいよ」
自分の名前だって、髪が茶色いから茶太郎、という程度のものだ。
それが黒に変わったところで、今さら何を思うわけでもない。
今回は、心を掻き乱されることなく進むかと思っていた。
――だが、次に投げかけられた質問で、
心臓を杭で貫かれたような気持ちになる。
─
──生きる理由があるか、だって?
ない。
即答できてしまうことが、少しだけ怖かった。
昔は、あったのかもしれない。
死にたくないから生きる、みたいな――
理由と呼ぶには、あまりにも薄っぺらいものだったけれど。
今はもう、生きたい理由は見当たらない。
その代わりに、死にたい理由だけが、
山のように積み上がっている。
息を吸おうとすると、肺の内側に何かが引っかかる。
ちゃんと呼吸しているはずなのに、
空気が足りていない気がした。
「生きたい理由があったほうが、豊かで、嬉しい」
目の前の人物は、そんなふうに言う。
言いたいことは、わかる。
理屈としては、ちゃんと理解できる。
――でも。
言葉が、頭に入ってこない。
何かを答えなければいけないことだけは、わかっているのに。
口を開こうとしても、喉の奥で、何かが引っかかって動かなかった。

「ごめん、僕、うまく答えられないや……」
期待に添えなかったのは、わかっている。
たぶん、求められていた答えも。
それでも、これ以上は言葉が出てこなかった。