
「クロ、と呼ばれることに少々文句はあるが……」
「お互い素性を知らんほうが話しやすいこともある、か。」
男にとっては三度目の白い部屋。
今回もまた向こう側にいる人の形は変わっている。
雑につけられたあだ名に文句を言いたげではあったが、
毎回自己紹介するのも面倒だと判断したのだろう。
それで構わないと言うように息を吐いて足を組んだ。

「人生という長い道のりを歩いていく際に、
微かでもいいから道標が欲しい……といったところか?」

「そう迷えている時点で贅沢だなといってやりたいが……
質問には解を返してやらねば僕も帰れない。」

「仕方ない、一例として話をしてやるのだよ。」
ふん、と鼻で笑って終わらせそうな雰囲気はあった。
しかし相手から向けられる視線に
何か思うところでもあったのだろう。
話してやる、と口を再び男は開く。

「第一として、迷うことは悪いことではない。
それは君の生活の豊かさを象徴するものに過ぎないからだ。」

「裕福な家で育ったのだろう、と決めつけるわけではない。
様々な夢を見ることが当たり前の世界で君は
生きているのだろう、という僕の推測なのだよ。」

「一律の教育を受け、それなりに舗装された人生の道を
悩みながらも君は歩いていける世界にいるのだろう。」
それはとても素晴らしいことだ。
彼はその言葉を慈しむような瞳で呟いた。

「しかし、そんな中。
君はただフラフラと歩くことに不安を感じている。」
「他人の語る夢や理想、努力する他人の姿に
焦りでも感じているのだろうか。」

「生憎僕は自身のやるべき事や目標を常に設定し、
達成してきた人物なのでね。
そのような悩みに共感してはやれないが。」
どこか自慢げな顔をしてクスリと笑う。
対面相手は気分を害してしまっただろうか。
そんなことすら気にせずに、彼はまた言葉を紡ぐ。

「君は……少々重く捉えすぎなのではないか?
生きる理由、人生の目的……夢や理想というものを、だ。」

「勿論、目標は達成すべきものであるから
達成不可能な荒唐無稽なものを掲げてもな……と
やる気になれないのはわからないでもないがね。」
例えば世界を征服するなんて言う目標は、
夢物語としか言いようがない。
その逆に世界を平和にしてみせる、なんていう目標も
きっと個人で達成しようだなんて無茶苦茶だ。

「とある宗教によると、
生きる理由は他者に必要とされることらしい。」
「人間は一人だけでは生活する事がままならない。
直接的でも、間接的でも……他者に必要とされる機会は多いだろう。」

「ただ……
僕としてはこの例は正直、他人に依存しすぎだと思う。
このような考え方は余計な悩みを生みやすい。
だから僕はこれは勧めない。もっと簡単なものがある。」
右手を軽く、対面の方に向ける。
男は少し得意げな顔で小首を傾げて見せた。

「生きる理由を考える事、
それが生きる理由で構わないだろう。」

「本当の答えを見つけるのは、何も今じゃなくていい。」
「結局何をしたところで人間は迷う生き物だ。
真っ直ぐ夢や理想のために突き進んでいた人間だって、
不意に小さな石ころに蹴躓いて迷い始めることもある。」
手を元に戻して男は語る。
それを探すこと自体を理由にしろ、と。

「生命というものはただ放っておいてもダラダラと続くようでいて、
その実、ある日ふとした瞬間に失ってしまうものだ。」

「そのようなものでありながら、ずっと悩んで生き続ける……
なんてことは無駄としか言いようがないのだよ。」

「いいか、悩むことと考えることは違う。
ぐるぐると頭を使って気が滅入るようなものは悩む、に該当する。」

「受動的であること、とも言えるだろう。
それはあまり生産的ではない。
悩むなとは言わんが時間を多く割くのはやめておけ。」
彼はやれやれと、
どこか呆れたような顔をして肩を竦める。

「生きる理由を考えろ。
自分なりの正解をいつしか見つけ出すために。」

「自分の生きる理由とはこれだったかもしれない、と
思えるようなものを探せ。いつかきっと見つけられる。」

「人生の目的とは”考える事”さえあれば十分だ。
頭を使え、多くを見て学べ。」

「君が羨む他人の夢や理想など、君には必要のないものだ。
他人と君は違う。全く同じ考えの人間などいるわけがない。
他人の夢に相乗りして、それを生きる理由にでもするか?
冗談だろ、そんなもの思考停止しているのと違いがない。」
いいな?と釘を刺すように、
澄んだ蒼い目は対面する白に向けられる。

「僕らは知恵のある生き物だ。」
「いずれ訪れる終わりの時に、自分なりの解を出すために。
よく考えて生きろ。考える事が僕らの生きる理由だ。」